隷属姉妹
MIN:作

■ 第1章 悪夢の始まり6

◆◆◆◆◆

 一週間が経ち門脇から連絡が入った。
 示談の条件を笠原が、提示して来たと言う内容だった。
 恵美は直ぐに病院に行き、笠原の病室で門脇から、説明を受けた。
「笠原さんは、慰謝料として3億円を要求されました。まぁ、この金額は完全看護の療養所で過ごす事や、笠原さんの人生を考えれば至極当然な物だと思います」
 門脇の言葉に、恵美は目の前が真っ暗に成った。
(さ、3億円…。払える訳が無い…。そんなお金…どうしたって…払えない…)
 愕然とショックを受ける恵美に
「まぁ、勿論即金で払える筈も無いんで、支払いは月々50万円の50年払いと言う事で、納得して頂きました」
 有り得ない事を平気で告げる。
 恵美の給料は手取りで20万円がやっとだった。
 その上、両親が残した貯金は、葬式で消えてしまい、貯えは0で有る。
 建てたばかりの家のローンは、ローンを組んだ時入った専用の生命保険で相殺されたが、妹達を食べさせなければ成らなかった。

 それを考えれば給料の20万円は、言わば生命線で有った。
 ましてや、恵美の仕事は看護師で有る。
 アルバイトをする暇など無いし、身体が保つ筈が無かった。
 呆然とする恵美に、門脇が微笑みながら話を再開する。
「槇村さんの事情や、収入は十分理解して居ます。そこで、私が交渉し、有る条件を頂きました。その条件を了承して頂けたら、月々の支払いは必要が無くなります。いかがでしょうか?」
 門脇の言葉は、いかがもどうも無かった。
 恵美に取っては、それは飲む以外道は無いのである。
「は、はい…。何でしょうか…。どんな条件でしょうか、教えて下さい…」
 恵美は門脇にすがりついて、罠の中に自ら入って行った。

 門脇は一つ頷くと
「それは、槇村さんのご家族で、笠原さんを介護する事です。誠心誠意、皆さんでお世話をして頂けるなら、完全看護の療養所に入る必要も有りませんからね」
 門脇が条件を提示した。
 恵美には、それは強く正当性の有る物に聞こえた。
 それで、月々50万円の支払いが無くなるなら、これ程良い条件は無いように思えた。
 何より、信頼する門脇の言葉に、恵美の思考は停止した。
「はい。私達で誠心誠意、精一杯看護させて頂きます」
 恵美は大きく頷き、条件を承諾した。

 そして、悪魔達の差し出す契約書にサインした。
 恵美は知らなかった。
 その書類は、公証人が公証人法・民法などの法律に従って作成した公文書で、高い証明力があるうえ、債務者が金銭債務の支払を怠ると、裁判所の判決などを待たないで直ちに強制執行手続きに移ることができると言う証明書である。
 その話を一人の看護師が廊下で立ち聞きしていた。
 看護師はナースキャップに、3本の縦線が入って居た。
 3人の話を立ち聞きした看護師は、イソイソと病室の前から立ち去り、医院長室の扉を叩く。
 恵美の受難の歯車が、ここでも回り始めた。

◆◆◆◆◆

 恵美を嵌めた門脇は、会社に笠原の身体障害者手帳のコピーと医者の診断書を添えて提出し、笠原名義の口座に保険金を支払わせた。
 門脇はその通帳に振り込まれた、5千万円と言う金額を見て、ニヤリと笑う。
 だがその時、門脇の携帯電話が鳴る。
 門脇はサブディスプレイの名前を見て、慌てて携帯電話に出ると
「旦那。また、旨い話ですか?」
 愛想笑いを浮かべて問い掛ける。
『おい…。お前忘れちゃ居ないか?俺が地獄耳だって言うの…。誰のお陰で悪さ出来ると思ってるんだ?』
 低く静かな声で、門脇を問い詰める。

 門脇は顔をひきつらせ、観念し
「いえ、旦那。忘れちゃいません。金もちゃんと振り込ませて頂きます…」
 電話の相手に頭を下げる。
『そうか…分かってるなら良い…。3千万円だったな…今回の俺の取り分は…』
 電話の声に門脇は息を呑み
「そ、そんな…」
 思わず呟いた。
『お前は、まだこの先お楽しみが有るんだろ。欲をかくと人間禄な目には、遭わないぞ…』
 電話の男の声が低く篭もる。
「わ、分かりました…。直ぐに3千万円振り込ませて頂ます」
 門脇は慌てて返事をした。
 電話の男は[フンッ]と鼻を鳴らし、通話を切った。
 門脇は余程電話の相手を恐れて居るのか、悪態を吐くどころか、青い顔をひきつらせ、溜め息を吐くだけだった。

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