隷属姉妹
MIN:作
■ 第1章 悪夢の始まり7
◆◆◆◆◆
一方その頃、自分の勤務先の病院で、恵美は医院長に呼び出しを受けた。
嫌な予感を感じながらも、恵美が医院長室に入ると医院長は恵美を苦い顔で迎える。
(何だろう…。この間の話かな…でも、あれはハッキリ断ったし…)
恵美はうなだれて、上目がちに医院長を見詰める。
ハイエナのような獣はどこにでも居て、常に弱った獲物を狙っている。
ここの医院長も、そのハイエナの部類だった。
医院長は両親を無くした恵美に、支援を申し出ていた。
無論、無償と言う訳ではない。
恵美はその申し出を丁寧に、即断で断っていた。
恵美はそれに対する報復措置が、行われるのかと思い、気が気でなかった。
(今、辞めさせられたら、本当に困る…)
恵美はオドオドとして、医院長を見ていた。
そんな恵美に、医院長はため息を一つ吐くと
「槇村君…。君は殿村総合病院を知ってるかね?」
唐突に恵美に質問した。
恵美はその質問の以外性に驚き、妙な声で
「はい?」
と答えた。
医院長は恵美の返事に頷くと、ゆっくりと口を開き、その病院の地区での地位や、自分の病院との関係性を蕩々と話し始めた。
初めは何を言いたいのか、良く解らなかったが、3分も聞いていると話しの落ち着き所が分かった。
「分かりました。私は、殿村総合病院で勤務させて頂きます」
恵美は医院長の話に、途中で割り込み、結論を先に告げた。
医院長は熱が入り掛けた、話の腰を折られて、憮然としたが
「これは、この間の事とは、まるで関係無いからね」
と念を押し恵美を下がらせた。
恵美は深々と頭を下げて、医院長室を退出した。
正直、殿村総合病院には、良い思いは持って居ない。
だが、医院長に迫られた事から考えると、今の病院よりマシかも知れ無かった。
それ以上に、この近隣で殿村総合病院の医院長に逆らえる個人病院は、一つも存在し無い。
病床数300で、内科、外科、産婦人科、整形外科、形成外科、泌尿器科、耳鼻咽喉科、救急救命まで持つ大病院だった。
近隣の病院では、殿村総合病院の医院長を[殿様]と呼んでいる。
恵美に残された道はただ一つ、殿様のお召しに従う以外無かったのだ。
こうして、恵美は逃げ場の無い迷宮に追い込まれる。
◆◆◆◆◆
恵美が殿村総合病院に初出勤すると、直ぐに医院長室に通される。
それは、恵美は知らなかったが、ある立場の者が取らされる行動だった。
恵美が医院長室に入ると、そこには医院長の他に見覚えの有る看護師が立っていた。
30代半ばの、冷たい印象を持った美女は、婦長の帽子を被り妖しい微笑みを唇の端に浮かべていた。
恵美が頭を下げると、机に向かっていた医院長が顔を上げ、じろりと見詰める。
「君が槇村君か…。ここでは整形外科を担当して貰う。これは、整形外科の婦長、宮里と言う。彼女は総婦長も兼任して居るから良く話しを聞きなさい」
探るような、無遠慮な視線で恵美を値踏みし、言う事だけ言うと興味を無くしたように、机に向き直った。
それを合図のように、宮里と呼ばれた婦長が進み出て、恵美の前に立つ。
「宮里妙子(みやざと たえこ)と言います。医院長の仰られる通り、総婦長を兼務しています。宜しくね…」
静かに会釈し挨拶をすると、正面から恵美の顔を見詰める。
その容貌は、有無を言わせぬ迫力を持ち、恵美は思わず視線を外し、俯いて固まってしまう。
宮里はその仕草を見て、キュウっと唇の端を持ち上げ、満足そうに微笑んだ。
(やっぱり…思った通り…。こう言うタイプの子は、手元に置いて躾るのが一番よ。スキャンダルの芽は、早めに潰さなくちゃね〜…)
宮里の視線はまるで、獲物を見つけた蛇のようで有った。
恵美はその視線に晒され、ただ俯くだけしか出来なかった。
恵美を見定めた宮里が背後を振り返り、頭を下げる。
その目線の先には、医院長が机に向かったまま、目だけを向けて居た。
宮里が頭を下げると、医院長はキュウっと笑い、顎をシャクって退出を促す。
宮里は再び頭を下げて、恵美を引き連れ医院長室を出て行った。
医院長室の扉が閉まると医院長は顔を上げ
「義久の手癖の悪さも、思わぬ所で役に立つ…。あれだけの女なら、相当なニーズが有るぞ…」
医院長はボソボソと呟き、再び書類に目を向ける。
一方妙子に連れ出された恵美は、看護師更衣室で妙子にナース服を手渡され、説明を受ける。
「良いですか、この病院には3種類の制服が有ります。先ず、貴女が手に持つピンクの制服。これは、見習いと同じです。他の色の看護師の指示は絶対ですから、一切逆らわないように。もし逆らったら、相手に非が有っても貴女が罰せられるわ」
恵美は一番最初にとんでも無い事を説明された。
鼻白む恵美に妙子は畳掛ける。
「ピンクの上は青、そしてその上が私達が着ている白よ。白は婦長クラスだから、見かけた場合はキッチリとした挨拶をなさい。白制服を怒らせたら、確実にクビに成るわよ。貴女も知ってると思うけど、この病院を解雇されたら、この近隣で貴女を雇う病院は有りませんよ」
妙子の説明がただの脅しで無い事を、恵美は既に何となく理解して居た。
それは、笠原の見舞いに来た時や両親の遺体を引き取りに来た時、かなりの違和感を感じていたからだ。
ピンクのナース服を着た看護師は、卑屈な程低姿勢で、青いナース服を着た看護師は、逆に高圧的だった。
白い制服を着た看護師には、正直怖くて視線すら向けられ無いでいた。
それだけで無く、妙子が言ったように殿村病院を解雇された者が、どこかで看護師を続けていると言う話は、聞いた事がないのも事実だったからだ。
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