隷属姉妹
MIN:作

■ 第1章 悪夢の始まり15

◆◆◆◆◆

 カツカツカツ。
 シュッシュッシュッ。
 暗い廊下に2つのヒールの音が響く。
 1つは大股で闊歩するような音。
 もう1つは、擦るような足早に歩く音。
 時間は夜の0時丁度。
 殿村総合病院の5階フロアーを、2人の看護師が歩いている。
 前を歩く看護師は、白い看護服を着ている。
 後ろを歩く看護師は、ピンクの看護服を着ていた。
 ピンク服は両手を背後に回し、前傾になりながら身体を不自由そうに揺さぶり、白服の後を追い掛けていた。

 白服のナースキャップには、黒い縦線が3本立って居る。
 言わずと知れた総婦長、妙子だった。
 妙子は鼻歌交じりに、廊下を歩いていた。
 だが、それは巡回などの業務ではない事は、一目瞭然だった。
 何故なら、妙子が右手に持っている物は、医療器具では無く、ましてや事務用品でもない。
 それは、生き物に[罰]を与える物。
 そう、騎乗鞭だった。

 そして、妙子が左手に握る物は、病院内では通常お目に掛からない物だった。
 それは、早朝の街角や、昼下がりの公園等では、良く目にする太めの紐。
 その紐の先には金属の金具が付いているのが一般的で、妙子の持っている物も例外ではなかった。
 金具は小さなベルトに繋がれて居る所までは、何ら本来の用途と変わりが無い。
 だが、決定的に違うのは、繋がれている[対象物]だった。
 一般的に良く見る[対象物]は犬である。
 だが、妙子に牽かれているのは、20代前半の看護師であった。

 看護師は顔の下半分を、革製のマスクで覆われていた。
 上半分に見える、目や鼻梁の形から、その看護師が美人であると伺える。
 少し吊り上がった切れ長の目と、悩ましく八の字を描く細い眉が、何とも言えない淫蕩さを醸し出している。
 顔の下半分を覆っているマスクの、真ん中に丸い穴が空いていた。
 その穴の奥に、チロチロと赤い肉の固まりが蠢いている。
 それは、看護師の舌であった。
 看護師は大きく口を開けた状態で、マスクを嵌められ、口中を晒しているのだ。
 閉じる事のないマスクの穴から、ダラダラと看護師の涎が垂れ流しになっている。

 妙子は肩でリズムを取り、騎乗鞭を右手でクルクル振り回しながら、大股で歩いていた。
 そして、背後の看護師は膝から下を小刻みに動かし、懸命について行く。
「真澄〜、何をしてるの?遅れてるわよ…」
 妙子の左手に持った、リードの弛みが消え、僅かに妙子の左手が後方に引かれた。
 真澄と呼ばれた看護師は、泣きそうな表情を浮かべて、膝から下を懸命に動かし、妙子との距離を詰めた。
 その時、真澄の目が固く閉ざされ、眉がキュッと寄せ合わさり、腰がブルブルと震える。
「あっ、あはぁ〜〜〜…」
 真澄の開きっぱなしの口から、明らかに官能の声が漏れた。

 妙子は酷薄な微笑みを真澄に向け
「ほら、急に動くからそんな事になるの。一定の速度を常に守れば、お前の中にある物も一定の動きしかしないわ」
 静かな声で注意した。
「も、もうひわへ…ほはひはへん(申し訳ございません)」
 真澄は俯きながら、荒い呼吸を吐き妙子に謝罪する。
 その間も妙子は、一切歩調を弱めず、真っ直ぐ闊歩していた。
 真澄は必死な顔で、妙子の後ろに付き従った。

 妙子は有る病室の前に来ると、ピタリと足を止め
「待っていなさい」
 真澄にリードを差し出した。
「はひ…」
 真澄は返事を返し、リードを受け取ると跪き、そのリードの端をいつでも妙子が取れるように、捧げ持った。
 恐らく、決められた待機姿勢なのだろうか、その姿勢を取ると、まるで彫像のように真澄は動かなくなった。
 妙子はスッと扉に手を掛け、横に開く。
 扉は音もなく開いて、妙子を呑み込む。

 妙子が病室内に入ると、かなり大きないびきが病室内を満たしていた。
 そのいびきを聞いて、妙子は鼻で笑うと
「起きてるんでしょ?狸寝入りがバレバレよ…」
 壁に付いている、照明のスイッチを入れる。
 途端に明かりが室内を満たし、響いてたいびきがピタリと止まった。
 笠原は暫く目を閉じ明かりに馴染ませて、ユックリと目を開き
「おっかない婦長さんが、こんな時間に何のようだ…」
 探るように、問い掛ける。

 妙子はクスリと笑い
「今日はね、お話し合いに来たの…。聞いてくれるでしょ?ねっ、保険金詐欺さん…」
 笠原に向かって、最初のカードを切った。
 笠原は妙子の最初のカードに、ギクリと顔を引きつらせ
「な、何の事だ!言い掛かりなら、聞く耳持たないぜ。出て行けよ!」
 震える声で、恫喝した。
 妙子はそんな笠原の態度をコロコロと笑い飛ばし
「あらあら、そんな事を言って良いのかしら?針を打ち込んで、神経をブロックするなんて、禄でも無い事してるのに…。本当にバレ無いと思っていたの?」
 2枚目のカードを切る。

 笠原は妙子の言葉に、更に顔を引きつらせて
「なっ、て、てめぇ。何でそんな事知ってやがる…」
 簡単に自分達の行為を認めてしまう。
(あら、意外に小物ね…。こう言う輩は、逃げ道を潰して、撒餌するのが効果的なのよね〜。飼い慣らして上げるわ…)
 妙子は内心ニンマリと笑い、ポーカーフェースを貫いて、3枚目のカードを切る。
「保険業者と結託して、幾ら保険金を掠めたのかなぁ〜。どうせ、法外な慰謝料を請求して、槇村さんを手込めにするつもりなんでしょ?」
 笠原は妙子のカードに愕然として、言葉が無かった。
 120%図星で、完全に計画を見抜かれていたからだ。

 笠原は顔を真っ赤に染め、怒りを顕わにすると
「てめぇ、この!ぶっ殺してやる!」
 上体を起こして妙子に掴み掛かろうとする。
 だが、笠原の手は妙子の手前で、宙を掴む。
 妙子は笠原の手が微妙に届かない場所に立って居たのだ。
「あ〜っ、無理無理…。あんたが自分で、足の神経止めちゃったんでしょ?届く訳無いじゃない」
 妙子はコロコロと笑い、笠原を小馬鹿にする。
 笠原は必死に藻掻きながら、妙子を捕まえようとするが、妙子の白衣にも届かない。

 力尽きた笠原が、顔を上げて妙子を睨み付けると、笠原の目の前にビッと妙子の持つ、鞭の先が降って来た。
 笠原はギクリと顔を引きつらせ、それを首を引いて避けた。
 数p避けた笠原の鼻の頭を、スッと鞭の先が掠める。
 鞭は、笠原が首を引かなければ、確実に笠原の鼻をトナカイのように変えていただろう。
 驚いた笠原は、慌てて妙子に視線を戻す。
 妙子は笠原を見下ろして、ニッコリと微笑んだ。
 笠原の完全な貫禄負けだった。
 肝の据わりも、頭の回転も、笠原は妙子の足元にも及ばなかった。

 笠原は舌打ちをしながら、観念する。
「ちっ、門脇の野郎…。何が絶対バレ無いだ…、あっさりバレてるじゃねぇかよ…」
 上体を起こし、身体を仰向けにしてベッドに寝そべると、頭の後ろで手を組んだ。
 笠原は思いの外、あっさりと抵抗を止めた。
 開き直った笠原は、急速に落ちついて行く。
 すると、今まで見えなかった物が、視界に入り始める。

 それは、妙子が手に持つ騎乗鞭であり、纏っている雰囲気であった。
(あん…?なんだこの女…、看護師のくせに…鞭…。それに、こいつの目…そう言や妙に、鞭も扱い成れてるな…。ありゃ?良く考えりゃ妙じゃねぇか…、何でこの女は、俺の所に1人で来た?訴えるつもりなら、少なからず人が着いてくる筈だ…)
 頭に登った血が下がり、笠原は状況を理解し始めた。
「はぁ〜ん…。それで、話し合いか…」
 笠原が呟くと、妙子は満面の笑みで頷き
「そう、頭の回転が速い子は好きよ…。要らない説明を省けるしね…。でっ、答えはどうなの?」
 スッと優雅に手首を返し、鞭の先で答えを促した。

 笠原はニヤリと笑いながら[ケッ]と呟き
「答えも糞も無ぇだろ…こっちは、首根っこ抑えられてんだ…。黙って条件呑むしかねぇ…」
 妙子に答えた。
 妙子は満面の微笑みのまま大きく頷き
「良いわ、優等生の答えね…。私の条件は簡単、私も一枚噛ませる事よ。こんな事、明るみに出しても私に得は無いし、黙ってて上げる。その代わり、私も彼女を使わせて貰う…。どう、こんな条件で?」
 笠原に条件を提示した。
 笠原はその言葉を聞き呆気に取られた顔で
「はぁ?あの女をあんたが使うって?あんた、レズか?」
 妙子に問い掛けると、妙子はコロコロと笑い
「レズ?まぁ、そう言う事もしてるけど、私はちゃんと男が好きよ。私はね、教育するのが好きなだけ…」
 直ぐに妖しげな視線を向け、笠原の質問に答えてやった。

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