隷属姉妹
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■ 第2章 支配の檻2

 暫く読み進めると、弁護士の表情が硬くなり、何度も頷き始める。
 最後まで読むと、弁護士は[ふうっ]と溜め息を吐き、公正証書の写しを机に置いて
「お嬢さん…、これは、相当な内容だよ…。しかも、れっきとした公的書類だ…」
 渋い顔を向けながら、恵美に告げた。
 恵美はその弁護士の表情から、事の重大さを知った。

 弁護士は身体をズイと前に出しながら、恵美に公正証書の内容を説明する。
「先ずこの証書は、この甲は槇村恵美さんで、乙が笠原清二さん。この2人の間に為された賃借契約を証明する書類なんだ。そして、この証書の連名で槇村好美さんと槇村愛美さんが同じ責任を負っている。その責任というのは、これ。ここに書かれている、3億円の弁済義務なんだ」
 弁護士は大まかな書類の内容を説明した。
 その説明を聞き、恵美は愕然とする。
(そ、そんな…。確かにあの時、好美と愛美も一緒にお世話をするって…3億円の弁済義務の連名って…どう言う事…)
 恵美は余りの話に、呆然とするばかりだった。

 だが、弁護士の話は、それだけで終わらなかった。
「通常こう言った、金銭の賃借証明は、金銭債務の支払いを定義し、支払い義務を怠った場合に対する、対価の強制執行権を謳う物だが…。この書類に書かれている事は、ひと味違うぞ…。この書類に書かれた[金銭債務の支払い]とは、債務者の[代価に相当とする看護]に当て嵌り[これを拒否する事]は[支払い義務を怠る事]に当る。その場合発生する[強制執行]は、債務者が[就職し契約金で全額を返済する]とされている。しかも[就労条件や就職先は債権者に一任する]と書いて有る。つまり、あんたが債権者の言う通り看護しなければ、あんた達は債権者が決めた働き先で働き、その金を全て支払うと言う証明書だ…。う〜ん…、とんでもない内容だが、正式に受理もされて居る…」
 弁護士は感心しながら、その細部の内容を語った。

 恵美は愕然として
「ど、どうすれば、良いんですか?」
 弁護士に問い掛けると
「う〜ん、この書類にサインしたのが本人じゃないとか、この弁済する金額が嘘だとか、そう言った物的証拠が有れば、ひっくり返せない事もない…」
 弁護士は唸るように、呟いた。
「あっ、それは…。ここにサインしたのは、間違い無く私ですし、この金額も事故の慰謝料ですから不当な物じゃ有りません…」
 恵美は弁護士の呟きに、小さく成りながら答える。
 恵美の答えを聞いた弁護士は[ふぅっ]と大きな溜め息を吐いた。

 恵美が顔を上げ、必死の顔で弁護士を見詰めると
「あ、あの!私はどうしたら良いんでしょうか!」
 泣きそうな声で、弁護士に問い掛けた。
 すると、弁護士は時計を指さし
「ここから先は、有料に成ります。1時間3万円です」
 冷たく恵美の問い掛けを打ち落とした。
 弁護士にすれば、裁判で勝つ見込みの無い馬鹿な小娘の話など、聞くだけ無駄だった。
 こんな契約に、ほいほいとサインをする者など、正式なクライアントでもない限り、相手にする気も起きなかったのだった。
 正確に言えば、この公正証書は穴だらけで、どこにでもつっこめる余地は有るが、それは飛び込みの客にただで教える程、安い知識でも無かった。

 恵美のボタンの掛け違いは、この弁護士の出会いから始まり、次々に訪問した弁護士事務所で、取り返しが付かない程、間違えた法律知識を蓄えた。
 それは、弁護士が悪い訳ではない。
 問い掛ける恵美が、悪い方に導いて行っただけなのだ。
 恵美は書類を差し出した、門脇を信頼しており、自分がサインした事実に押しつぶされてしまう。
 こうして恵美は、法的な逃げ道を見失ってしまう。
 恵美は、打ち拉がれながらも諦めがつかず、直ぐに別の事務所を探す。

◆◆◆◆◆

 恵美が自宅に着くと、時間は7時近くで辺りは薄暗く成っている。
 1軒の弁護士事務所の話では、納得がいかず、恵美は5軒の弁護士事務所を周り、思った以上に時間を食ったのだった。
 5軒とも殆ど同じ内容で、ガックリと肩を落とした恵美だが、パーティーの事を思い出し、急いで家に戻る。
(誠心誠意の介護をすれば良いだけよ…。そうすれば、何も問題ない筈…)
 自分にそう言い聞かせながら、恵美が家の玄関を空け中に入ると、愛美が泣きながら走ってきた。
 驚いた恵美が
「愛(まな)ちゃんどうしたの?」
 問い掛けると、愛美は泣きじゃくりながら
「ねぇ、おねぇちゃん。愛美達どう成るの…」
 心細そうに、問い掛けてくる。

 意味の分からない恵美は、愛美を揺さぶり
「ねぇ、どうしたの?何が有ったの!」
 強い口調で問い質すと、愛美は右手を上げ、リビングを指さした。
 恵美が顔を上げると、リビングから泣きそうな顔の好美が出て来て、恵美を見付ける。
「お、お姉ちゃん…。私、怖い…」
 気丈な好美が顔面蒼白で、ブルブルと震えながら恵美に告げる。
 恵美は余りの異常に、急いでヒールを脱ぐと、リビングに向かう。
 そして、リビングの入り口に立った瞬間、2人の怯えている原因を理解した。

 リビングには3人の男が座っていた、1人は車椅子に座り、後の2人はソファーにもたれ掛かっている。
「おう、帰って来たか。で、どうだったよ?」
 車椅子に座る笠原が楽しそうに恵美に問い掛けると、ソファーに座った2人が口笛を吹き
「おお、いい女じゃないですか…。これなら、親父も言い値で買ってくれますよ」
「本当だ、どこにでも売りに出せる。まぁ、それなりの教育は必要でしょうけどね」
 下卑た声を上げ、恵美を値踏みする。
 恵美はその言葉にも驚いたが、男達の姿に固まってしまった。

 男の1人はガッシリとした筋肉質の体つきで、身長は恐らく190pは越えていて格闘家のような体型だ。
 もう1人は10p程低いが、体重は筋肉質の方の1.5倍は有りそうなプロレスラーのような身体だった。
 肉体の量感も圧倒的だが、恵美を驚かせたのはその姿だった。
 両方とも髪の毛が全く無く、その替わり極彩色の絵が、肌に直に描かれていた。
 いわゆる、入れ墨という奴である。
 男達は上着を脱いで、薄い肌着だけで酒を酌み交わしている為、入れ墨が無毛の頭から胸や背中を通り、手首までしっかり入っているのが、良く分かった。
 恐らく下半身まで入れ墨が入っているだろうと、恵美には簡単に推測できた。

 呆気に取られていた恵美は、先程男達の言った言葉をやっと認識する。
(親父が喜びそう…。どこにでも、売りに出せる…)
 その言葉を認識した瞬間、頭の回転が速い恵美は、弁護士の言葉を思い出す。
([笠原さんの決めた雇用先で働く]って、契約書に書かれている…。こ、この人達…、私達が言う事を聞かなかった時の…、[雇用先]の人達なんだ…)
 自分達の就職する先が非合法組織で、決して助かる事がないと理解した。
 恵美にとって、入れ墨を入れた体格の良い男達は、120%暴力団に見えたのだ。
(私達これからどう成るの…)
 愛美が言った事とそっくり同じ事を思い、恵美が呆然としていると
「おう、こっちに来て挨拶しろよ。この2人は、俺の知り合いだ。まぁ、俺が良く知ってるのはこいつらの上…、組長って立場だがな。色々な就職先を世話してくれるんだ…、1人1億円だったら、相当な相手に就職する事になるだろうな」
 笠原は恵美を手招きして、男達を紹介した。

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