隷属姉妹
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■ 第2章 支配の檻9

 愛美の身体から、一切の力が抜け、人形のように床に倒れ込む。
 その光景を恵美は顔を引きつらせて見詰めていた。
 恵美の目には、愛美が倒れて行く姿が、まるでスローモーションのように映る。
 ゴトリと音を立てて、愛美が側頭部から床に落ちると
「いや〜〜〜っ!」
 耳をつんざくような恵美の悲鳴がリビングに響き渡った。
 愛美の身体は、ビクン、ビクンと痙攣し、動かなくなる。
(ちっ、殺っちまったか…)
 笠原がそう考えた時、恵美が凄い速度で愛美に取り付き
「愛美!愛美〜!しっかりして!返事をして!」
 抱きかかえて、必死に叫ぶ。
「おい、頭を打ったんだぜ…。揺すって大丈夫なのかよ?」
 笠原が他人事のように、恵美に聞くと
「人でなし!愛美が死んだら!一生恨み続けるわよ!」
 凄い剣幕で笠原を睨み付け怒鳴り、愛美を抱え上げ、ヨロヨロと立ち上がってリビングの電話に向かう。

 笠原は舌打ちをすると、直ぐに恵美を追い掛け、電話に取り付く恵美の背後から、電話線を掴み引きちぎる。
 驚いた顔を向ける恵美に
「おい!俺が捕まったら、お前等どう成るか判ってんのか!」
 笠原が怒鳴りつけると、恵美は笠原を睨み付け
「どうにでも好きなようにしなさいよ!」
 怒鳴り返して身体を翻し、愛美を抱いたままリビングを出て行く。
 笠原は顔を真っ赤に染め
「このアマ!」
 怒鳴りながら、恵美の後を追い掛けようとするが
「お姉ちゃん早く!」
 好美が笠原に取り付き、動きを妨害した。
 恵美はそのまま玄関を出て、大声で近所の者に助けを求め始める。

 笠原は恵美が大声を出し始めた途端、舌打ちをして、しがみ付く好美を睨み
「あ〜ぁ、これで終わりだな…。お前達は、3人とも何処かのオッサンの慰み者だ…」
 ボソボソと呟いた。
 その呟きを聞いて、好美が驚く。
「ど、どう言う事よ…」
 好美が笠原に問い掛けると
「どう言う事も、こう言う事もねぇ…。俺は言って置いた筈だぜ。俺に逆らったら、お前達は売られるって…。お前の姉ちゃんが救急車を呼んだにしても、事件性が有れば警察に通報される。そうしたら、俺は当然取り調べを受けて、お前の姉ちゃんの証言通り傷害罪が成立する訳だ」
 笠原はウンザリしたような顔で、好美に話し掛ける。

 好美が笠原の言葉に、頷くと笠原は言葉を続け始めた。
「そしたら当然俺は捕まるわな?俺が捕まった事を知ったら、今日来た連中がお前達を拉致して、売りさばく約束に成ってる。俺は前科持ちだから、2・3年臭い飯を食うだろうが、お前達はこれから一生日の当たらない場所で、変態爺共の玩具にされるんだ。3人まとめて買ってくれる奴が居れば良いけどな」
 笠原は好美にそう嘘ぶいた。
 好美は愕然として、笠原を見詰め笠原から身体を離すと、笠原は内心ニヤリと笑い
「お前達が3人で暮らせる唯一のチャンスが、俺の世話をする事だったんだがな。それも、どうやら終わりだ…、今日来た奴等は、全国レベルの組織だから、どこに逃げても必ず捕まる。お前達に逃げ場はないぜ…。俺は、務所から出ても、お前達を売った金で余生を送るだけだ…」
 好美の危機感を煽った。
「う、嘘よ…。ここは、日本なんだから、そんな事出来る筈無いわ!」
 好美は顔を引きつらせながら、笠原の言葉を否定するが
「ああ、別にそう思うなら、構わない。まぁ、成ってからどう言っても、それこそ後の祭りだ…」
 自分の言葉を否定されても、動じない笠原の態度が、逆に信憑性を抱かせる。

 好美は何かを言おうと、必死に考えるが
「おっと、もう遅いかもな…、お前達が破滅に落ちる音が聞こえて来た」
 笠原が右手の人差し指を上に向け、好美に告げる。
 すると、遠くでサイレンが鳴っていた。
(この余裕…、本当の事なの…。私達、売られちゃうの…)
 好美は顔を強張らせ、今日1日の出来事を振り返ってみる。
 記憶を手繰るたびに、詳しい事情を知らされていなかった好美の頭の中で、笠原の告げた事が鍵になり話が繋がり始めた。
(あ、あのリビングで話してた、[これなら売れるぜ]って、話は…。お姉ちゃんが、必死に[引き離さないで]って頼んでたのって…。あんな酷い目に逢っても、我慢してたのって…。全部、そう言う事だったの…。う、嘘…)
 それはピースが足りなかった、ジグソーパズルが組上がるように、次々に嵌り始め一枚の残酷な絵を作り上げる。
 好美はその事情を認識すると、愕然とした顔でガクガクと震え始める。
 蒼白な顔になった好美に、薄笑いを浮かべた笠原が
「判ったみたいだな…。そう、そう言う訳なんだ…。まぁ、ご愁傷様だけど、地獄を這い回ってくれ」
 楽しそうに告げた。

 笠原の言葉で、好美は弾かれたように向き直り
「ど、どうしたら、良いんですか?どうしたら、捕まらないんですか?」
 必死な形相で縋り付きながら、笠原に問い掛ける。
(ふい〜っ…、掛かったな…。これで、口裏を合わせれば、何とか誤魔化せる…)
 笠原は内心かなり焦っていたが、ホッと胸を撫で下ろし、ウンザリとした表情を浮かべ
「今更、遅いかも知れないが、誰かに何か聞かれた時、[あれは、事故だった][恵美はパニックに成って、俺がやったと勘違いした]そういう風に、誤魔化せれば俺が捕まる事は無いな…」
 好美を言いくるめた。

 好美が笠原の言葉に頷いた時、家の前にサイレンが止まり、ザワザワと喧噪が伝わってきた。
 笠原は好美に顎を振って合図しながら
「ほら、車椅子を押せよ。良いか上手くやれ、これでお前達の運命がどう成るか、決まるんだぜ…」
 好美に告げる。
 好美は硬い表情で頷き、車椅子の後ろに回って、笠原と玄関に向かった。
 開け放たれた玄関の向こうから、赤色灯がチカチカと差し込んでくる。
 好美はゴクリと唾を飲み込み、笠原の車椅子を押して、外に出た。

 好美が外に出ると、家の前には近所の者が10人程集まり、グッタリとした愛美を抱いた恵美を取り囲んでいる。
 野次馬の直ぐ側に、黒と白のツートンカラーの車が止まっていた。
 どうやら、救急車より先に警察が着いたようだった。
 これは、夕方恵美達の家から入れ墨をした男達が、出て来たのを見かけていた近所の住人が、気を回して呼んだのだった。
 その男達は、両親を亡くしたばかりの女だけの家に、出入りするには余りに似つかわしく無かったからだ。
 ザワザワと野次馬が遠巻きにする中、恵美は警察官に事情を話している。
「下の妹が、同居する事になった男に、警棒のような物で頭を殴られたんです」
 涙ながらに、恵美が警察官に告げると、警察官は愛美の状態を覗き込む。
 すると、今までグッタリとしていた愛美が[う〜ん]と小さく唸りながら、眉根に皺を寄せ身じろぎをする。

 恵美はその動きで、愛美が生きている事を知り、安堵を顔中に浮かべ
「愛美!大丈夫?お姉ちゃん判る?」
 口早に問い掛けた。
 愛美はうっすらと目を開け、目の前にある恵美の顔を見て、キョトンとした表情で
「おねぇちゃん…?何で、泣いてるの?」
 逆に恵美に問い掛ける。
 愛美はこの時、一時的に記憶が飛んでいて、自分が何故恵美に抱かれているか、判らなかったのだ。
 恵美が口を開き、愛美に事情を説明しようとした時
「あ〜良かった…。一時はどう成るか心配したよ…。愛美ちゃん大丈夫だったんだね」
 男の声が恵美の背後から、愛美に掛けられた。

 その声を聞いた瞬間、恵美は背後を振り返り、声の主をキッと睨み付ける。
「この男です!この男が、警棒のような物で愛美を殴ったんです!」
 恵美は笠原を指さし、警察官に向かって訴えた。
 警察官は笠原に向き直り
「ちょっと、事情を聞かせて頂きますか…」
 バインダーを片手に、近付いて問い掛ける。
 その時、救急車が到着して、救急隊員が輪の中に現れた。
「患者はどこですか?」
 救急隊員がストレッチャーを押しながら、恵美に問い掛けると、恵美は愛美を救急隊員に渡し
「頭を殴られて、今まで意識がなかったんです」
 愛美の状態を簡単に説明した。
 救急隊員は恵美の言葉に頷き、愛美を抱き上げてストレッチャーに乗せ、愛美に質問を始めた。

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