隷属姉妹
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■ 第2章 支配の檻10

 愛美を救急隊員に預けた事で、安心した恵美は警察官の横に立ち、笠原がやった事を告発する。
 だが、笠原は困ったような表情を浮かべ
「う〜ん…、どう見てたら、私が愛美ちゃんを殴ったように見えたのかな…。下半身の動かない私に、そんな事が出来る筈無いじゃないですか…。あれは、愛美ちゃんが足を滑らせて転んだだけなんですよ…。確かに私は、この棒で愛美ちゃんとチャンバラごっこをしてましたよ」
 笠原はそう言いながら、黒いゴムの棒を警察官に手渡した。
 警察官はそのゴムの棒を見て首を捻り、恵美に向かって
「この棒で殴ったんですか?」
 問い掛ける。
 恵美は警察官の手の中にある棒を見て、大きく頷き
「はい、間違い有りません」
 ハッキリと断言した。

 すると警察官は自分の手をゴム棒で叩きながら
「お嬢さん、この棒で人を傷つけるのは、かなり無理が有りますよ…」
 困惑した声で、恵美に告げる。
 警察官の手の中で動くゴムの棒は、柔らかくしなってペチペチと音を立てるだけだった。
 恵美はそれを見て、顔を驚きに染め
「ち、違う…、そんな筈無い…。これは、違う棒です!」
 警察官に訴える。
 警察官は溜め息を吐き、恵美に向き直ると
「困りましたね…。お嬢さんは、さっきこの棒を見て[間違い無い]と断言されましたよね…。それが、今は違う棒だと言われるんですか?」
 困った声で問い掛けた。

 恵美がグッと言葉を詰まらせて返事に困ると、愛美が好美に連れられて戻って来た。
「ま、愛美…どうしたの?病院に行ったんじゃないの…?」
 恵美が驚いた顔で、愛美に問い掛けると
「今確認したんですが、後頭部に打撲の跡は有りません。少し赤く成っては居ますが、気絶する程の衝撃を受けたとは思えませんね…。側頭部にタンコブが有りますから、どちらかと言えばこれが原因じゃないですか?これも、転んで出来た物だと、この子達も言ってますし、多分間違い無いと思います。この程度ですと、病院に搬送と言う訳にはいかないですね…」
 後ろから着いてきた救急隊員が、迷惑そうな声で警察官に説明した。
 その言葉を聞いた恵美は、目を大きく見開いて好美と愛美を見詰め
「ど、どう言う事…。貴女達、何でそんな事を言うの…」
 震える声で、妹達に問い掛ける。

 すると好美が唇を噛みながら、前に進み
「お、お姉ちゃん…、慌ててたから、笠原さんが叩いたように見えただけです。笠原さんは、そんな事していません…」
 俯きながら、警察官に証言した。
 そして更に、好美にしがみ付きながら
「私が、足を滑らせて、床に転んだんです…。笠原の小父さんは、悪く有りません…」
 愛美がボソボソと呟くように証言する。
 恵美は2人の言葉を聞いて愕然とした表情になり、ワナワナと震えた。
「ほら、言った通りでしょ?私はそんな事はしていない。当事者の愛美ちゃんが言うのだから、間違いは無いですよね」
 笠原がホッとしたような声で、警察官に告げると、警察官達は顔を見合わせ頷き合い
「お嬢さん、これから警察を呼ぶ時は、一旦落ちついてから通報して下さい。私達は勘違いを解決する為に居るんじゃなく、犯罪を抑止し、取り締まる為に居るんですからね」
 恵美に手厳しい嫌味を言って、踵を返す。

 恵美はそれでも笠原の事を訴えようとしたが
「妹達の方が、落ちついて状況を理解しているな…。やっぱり、離ればなれに成るのは嫌なんだな…」
 笠原が嘲笑うような声で、恵美に小さく囁く。
 この一言で、恵美はギクリと顔を引きつらせ、笠原を見詰める。
「あ、あなたなのね…。好美や愛美にあんな事言わせたの…」
 恵美は絞り出すような声で、笠原に言うと
「俺が捕まったら、お前達がどう成るか教えただけだ。あとは好美が愛美を説得したんだ…。妹の方が、自分達の立場を理解しているな…」
 笠原は低い小さな声で、恵美に告げた。
 恵美はその言葉に、何一つ言い返せずに項垂れる。

 笠原はそんな恵美の表情をニヤニヤと見詰め
「皆さんどうも済みません。恵美さんは、ご両親が亡くなって、かなり情緒不安定に成ってます。突飛な行動を許してやって下さい、お騒がせして申し訳有りませんでした」
 大きな声で、周りの野次馬達に謝罪した。
 笠原の言葉を聞き、恵美は悔しさが込み上げる。
 笠原はそんな恵美に身体を寄せ
「ほら、お前も謝罪するんだよ…、[頭がおかしく成って済みません]ってな…」
 低い声で謝罪を強要した。
 恵美は驚いて、笠原の顔を見ると、笠原の顔からは表情が消えて、酷薄な目線で恵美を見詰めている。
(ああぁ…、ここで従わなかったら、なにをされるか判らないわ…)
 恵美は観念して項垂れると
「き、気が動転して…あ、頭が…どうか…していました…。皆さんお騒がせして、申し訳有りません…」
 深々と頭を下げ、震える声で野次馬に謝罪した。

 笠原は打ち拉がれる恵美に、更に追い打ちを掛ける。
「おい、謝罪するのに、随分頭が高いな…」
 笠原が低い声で恵美に告げると、恵美の身体がビクリと震え、ノロノロと膝を突き道路の上に正座した。
 そのまま恵美は両手を添えて、地面に額を押し当て
「皆さんお騒がせして、申し訳ありませんでした」
 大きな声で、土下座して謝罪する。
 それを見ていた野次馬達は、ザワザワとざわめき、哀れみを込めた視線で見ながら、[綺麗な子なのにねぇ]や[可愛そうにねぇ]と口々に呟き、散って行った。
 恵美の謝罪は、近所の者に[精神状態が、普通じゃない]と言う事を強烈にアピールした。
 この件を機に、恵美は近所の者から憐憫の目で見られ、少しずつ[精神異常者]に押しやられて行くのだった。

 家の前には、笠原と恵美達だけになる。
 恵美は地べたに突っ伏しながら、嗚咽を漏らしていた。
 悔しくて、悲しくて、仕方が無かったのだ。
 それを悲痛な表情で好美が見下ろし、好美の指示に従った愛美が、泣きそうな困惑顔を浮かべている。
 笠原は勝ち誇った満足顔で、泣き崩れる恵美を見下ろした。
 実際の所、笠原が今捕まった場合、恵美達三姉妹には、何の不都合もなかった。
 いや、それどころか、笠原が取り調べられた場合、笠原の下半身不随が嘘である事がバレ、保険の手続きや慰謝料の示談を手配した門脇も只では済まない。
 そうなれば、余罪を追及され、2人はかなりの実刑判決を喰らい、恵美達は自由の身に成って、正当な保険金を受け取れる筈だった。
 だが、恵美によって隠された事情を知り、思い詰めた好美は、笠原にまんまと騙され、愛美を説得し恵美の証言を否定する片棒を担いだ。
 恵美達は笠原の奸計に完全に敗北してしまう。
 こうしてまたカチリと歯車が噛み合い、恵美達は逃げられ無く成ってしまうのだった。

 笠原は恵美を見下ろして、低い声で
「さあ、家の中に入れ。ゆっくり話をしようか…」
 恵美達に命令する。
 恵美はガバリと顔を上げ、恐怖を浮かべながら笠原を見詰め
「あ、あ、ゆ、ゆるして…許して下さい…」
 嫌々と首を振りながら、懇願した。
「お前、随分と偉そうな事を言ってたよな…。[人でなし]に[一生恨む]だっけか…、確か[好きにすればいい]とも言ってたよな…」
 笠原は恵美の懇願を無視し、愛美を抱えた時に笠原に投げかけた言葉を反芻する。
 恵美はそれを聞いて、ガクガクと震え
「あ、あれは…そ、そんなつもりじゃ…」
 必死に弁解しようとするが
「人でなしが、好きなようにさせて貰う…。一生恨んでみろよ…」
 笠原は低い声で恵美に宣言し、顎をしゃくって家の中に入るよう指示を出した。

 恵美は項垂れガックリと肩を落としながら立ち上がり、玄関に向かう。
 その後ろに好美と愛美が、同じように肩を落として続いた。
 最後に笠原が、悠々と車輪を押しながら玄関の扉を潜る。
 笠原は玄関の扉を閉めると、鍵を締めドアチェーンを掛けた。
 その行動を見た恵美達は、恐怖に顔を引きつらせる。
 玄関で立ちつくす恵美達に
「おい好美、俺の荷物を置いている部屋から、黒いアタッシュケースを持って来い。お前達はリビングに行け…」
 笠原が命じると、好美は直ぐに踵を返して、廊下の奥に向かい、恵美と愛美は項垂れながら、リビングに入る。

 笠原がリビングに入ると、先に入っていた恵美と愛美が正座して、神妙な面持ちで待っていた。
 笠原はそんな2人の前に来ると、無言で見下ろす。
 その視線は今迄の視線など比べものに成らないぐらい、酷薄で怒りを孕んでいる。
 恵美は首を竦ませてブルブルと震え、笠原の視線に耐えた。
 そこに、好美がゴロゴロとアタッシュケースを押しながら、リビングに戻って来て
「これで良いですか…」
 笠原に問い掛けた。
「ああ、俺の横に持って来い。俺の横に持って来たら、寝かせて蓋を開けろ」
 笠原は好美に新たな指示を出し、好美は言われた通り、アタッシュケースを笠原の横に寝かせ、蓋を開けた。

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