梨華子と亜矢子
百合ひろし:作

■ 第五章 勝負1

秋―――、福生学園高校では体育祭が行われる。体育祭という名前自体は中学の時から馴染み深いものであるが、高校になると場所によっては更に本格的になるものもある。
例えば長距離種目はより距離が伸び、敷地の外に出て戻ってくる様になる。また、短距離種目はスターティングブロックを使用し、専用のコース―――、校庭の一部、一周400mトラックの分が陸上競技場の様に舗装と言えばいいのだろうか、専用の床になっていた。普段はそこを陸上部が使う訳だが、体育の授業や体育祭の時は一般生徒も使用する、という訳である。


種目決め―――。
梨華子と亜矢子はクラスが違うので、お互いに対戦する事を望んだ。その為今までと同じ様に対戦出来る種目を選んだ。100mと4×100mリレーの1走だった。中学の時と同様に1年から3年までの1組が同じチームになる為、各組が集まって出場種目を話し合うが、梨華子も亜矢子も運動神経が良いのはクラスメートは知っていたのでその話を2、3年生にも話をした結果、あっさり通った。その2種目と200mは配点が高いのである―――。
そしてこの時知ったのは、100mと200mはタイムを測って、タイムが遅い人が走る順番が早いという事だった。
エントリーは14人でクラスは4組まで、そしてトラックは8コースまであるので同じ組の人は2人ずつ走り7レースまである―――。確実に梨華子と亜矢子が対戦するには最初の1レースか最終7レースの組に入るしかなかったが、梨華子と亜矢子の運動神経で最初は有り得ない。つまり、14人の中で2番目以内のタイムを出さなければいけないのである。

3日後、亜矢子は最終組に入る事が決まった。タイムは12秒9と言った。そして梨華子の組はこの日にタイムを計る事になっていた。
100m出場者14人と200m出場者が集まると、実行委員が、
「それでは始めます」
と言って順番はバラバラで2人ずつタイムを測った。梨華子は10人目で、梨華子の前には陸上部が2人居た。
その2人のタイムは12秒4と12秒9。速かった人はインターハイに出た人だった。
亜矢子は12秒9だったが、それを切らなければ亜矢子とは走れない。亜矢子のそのタイムにしても亜矢子の目一杯なのかどうかは分からない―――。亜矢子は何も言わなかったが、向かい風だったかも知れないし、梨華子が気付かないレベルで体調や筋肉の調子が悪かったのかも知れない―――。梨華子はそう思い、何とか2番目に入らないといけない、というプレッシャーから追い払おうとした。12秒4は出ないのを知っていたからである―――。

タイムを測るのは本番と同じスターティングブロックを使ってである。つまり、タイムを測るだけでなく、スターティングブロックの大体の位置の設定も決めてしまうのである―――。
しかし、梨華子はこのスターティングブロックを使うのは初めてだった。その為、どうセットすればいいスタートを切れるか分からなくて、組んでは軽くスタートしてみてを繰り返した。

「ちょっといいですか?」
その時、身長180cm位あるジャージ姿の男子生徒が入って来た。彼はジャージの色から、梨華子や亜矢子と同じ1年生で、まだ未完成ながら逞しく、筋肉の付きが良い感じに見えた。そして梨華子の所に来て、
「位置決めとか分からないみたいだから教えてやっていいですか?」
と実行委員と上級生に聞いた。
「いいよ」
とそれぞれが答えたので彼は梨華子にスタートの姿勢を取ってもらい、それからブロックをセットした。
「これでどう?一回やってみて」
彼が言うと梨華子は、
「は、はい」
と答えて軽くスタートを切ってみた。すると物凄く自然にスタートが切れた。梨華子は、
「ありがとう」
と礼を言った。彼は、
「頑張って」
と言って元の持ち場―――に戻った。彼は陸上部だった。

「いくわよ、遠藤さん」
「はい」
梨華子ともう一人は旗が振られるのに合わせてスタートを切った。さっき男子生徒が教えてくれたスターティングブロックのセッティングは完璧でとても良いスタートを切れた。そのままスピードに乗り失速もなく、風を感じながらゴールした。
「12秒64!」
ゴールラインでストップウォッチを持った実行委員が言った―――。
梨華子と一緒に走った人、そして後に走った人はそのタイムには遠く及ばず、陸上部のエースと梨華子が最終レースを走る事になった。
因みにリレーは梨華子、陸上部の2人、そしてソフトボール部の2年生だった。その4人はリレー以外の人達を帰してから、残ってバトンの受け渡しの練習をした。
梨華子は帰る時に男子生徒にお礼を言おうと思ったが、その時には既に帰ってしまっていた―――。


次の日―――。
「亜矢子」
梨華子は友達と廊下で話していた亜矢子に声を掛けた。亜矢子は、
「どうしたの?」
と聞くと、梨華子は、
「時間あったら帰りに陸上部寄らない?」
と言った。亜矢子は突然の事だったので聞かずにはいられなかった。
「何かあったの?」
まさか突然陸上部に入りたくなってしまったのかとも思った。しかし、スポーツに関してはスポーツクラブでずっとやって来た。不満があるとは思えない。
梨華子は、
「亜矢子にも教えたい事があってね」
と笑顔で言った。亜矢子は、
「どんなこと?」
と聞くと梨華子は、
「着いてのお楽しみだよ」
と答えた。亜矢子は、
「うん、分かった」
と返事すると梨華子は手を振って教室に戻って行った。

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