梨華子と亜矢子
百合ひろし:作

■ 第五章 勝負2

放課後―――。梨華子と亜矢子は陸上部に向かった。そして梨華子はスターティングブロックのセットの仕方を教えてくれた男子生徒を探した。
「どうしたの?」
梨華子と亜矢子と同学年色のジャージ姿の男子生徒が声を掛けてきた。しかし、彼は梨華子の探していた人では無かった。彼は探していた人よりも一回り小柄で身長175cm位で痩せ型だった。その為梨華子は探してる男子生徒の特徴を彼に伝えた。
「ああ、ダイか―――」
と言った後、
「いつの間に遠藤さんと―――」
と言って笑った。梨華子は、
「あ、いいえ。そういうことでは無くて昨日のお礼を……」
と顔を赤くして言った。亜矢子はそれを聞いて、
「お礼?」
と聞いた。それを聞いて痩せた男子生徒は、
「竹田さんはからんで無かったの?」
と聞いた。亜矢子は、
「え?あ……うん」
と答えた。兎に角何の事か分からず、生返事をするしかなかった。後、この事に関してはきっと梨華子が説明してくれるだろう―――と。痩せた男子生徒は、
「何だか分からんけど―――オイ、ダイ!来いよ!」
と準備室に向かって叫んだ。すると未完成ながら筋骨逞しい身長180cm程の男子生徒が出て来た。そして走って来て梨華子を見るなり、
「き、昨日の―――」
と言った。すると痩せた男子生徒は、
「遠藤梨華子さんと竹田亜矢子さんだよ」
と紹介した。梨華子は頭を下げて、
「昨日はありがとう。お陰で最終組に入れました」
と礼を言ったが、何故この痩せ型の男子生徒は会った事も無いのに間違う事無く自分たちの事を正確に紹介したのか不思議に思った。だがしかし、それは後回しでいいことだった。
「折角教えてもらえたから、もう一つお願いして……いい?」
梨華子は逞しい男子生徒に聞いた。彼は、
「ああ、でも折角名前紹介して貰ったから―――俺も」
と言った後、
「俺は岡山大介。100mと200mが専門なんだ。で、お願いとは―――?」
と簡単に自己紹介後に聞いた。梨華子は亜矢子を大介の前に出し、
「亜矢子にも教えてあげて欲しいの、あのスタートを」
と言った。亜矢子は、
「え?スタート?」
と梨華子の方を向いて聞いた。梨華子は、
「走る順決めるのに走ったでしょ?スターティングブロックのセットが分からなくてなかなか決まらなかった時に、彼が教えてくれたから亜矢子にも」
と言った。そして、
「タイムは言って無かったね。―――12秒64」
と言った。それを聞いて亜矢子は驚いた。6台はまず出せないからだ。
「スタート……だけで……?」
亜矢子は聞いた。梨華子は、
「うん、スタートで。亜矢子、何と無く滑ってなかった?今まで」
と言った。そう―――、中学以降短距離のスタートは何かしっくり来なかった。クラウチングスタートは小学5年からやっていたが、身長が160cmになった辺りからスタートで滑る感覚を覚える様になった。亜矢子の、そして梨華子の脚力にスニーカーと地面の接地抵抗が負けるようになったからである。
それを助けてくれるのがスターティングブロックなのである。地面の代わりにそれを蹴り、鋭いスタートを切るのだが、正しくセット出来なければ何の意味も無い。
亜矢子はタイム測る時、梨華子と同様にセットの方法が分からなかった。その為何となくみよう見まねでセットし、それで走った。それで12秒9だった―――。

「でもいいの?遠藤さんは12秒6なんだろ?竹田さんもスタートマスターして負けたら悔しくない?」
礼二は聞いた。梨華子は、
「ううん。同じ条件でやりたいから―――。私だけが知ってて勝っても嬉しくないから」
と笑顔で言った。亜矢子は内心驚いた―――。今までの梨華子からは聞けない言葉だった。梨華子は亜矢子の事を考えてくれていた事は事実だが、それでも時々魔が差すように無意識的に自分の利益を優先する時があった。
亜矢子はそれに腹を立て『騎馬戦』を申し込んで勝って、理由を話した上でパンティ一枚姿の梨華子をひっぱたいた訳だが、それが無ければ今のケースでは梨華子は陸上部にまで亜矢子を連れて来てスターティングブロックのセットを教えて貰おうなんて事はしなかったに違いない。梨華子は変わった―――些細な事だが変わった―――。

大介は亜矢子にセッティングの説明をした。実際に自分でやってみたり、梨華子に見本を見せて貰ったり、と。
「じゃ、二人で走ってみる?」
大介が言った。すると礼二がニヤニヤしながら、
「制服―――ミニスカートの二人にクラウチングやらせるのかよ、ダイ―――。気ィ利かせろよ、別に俺はいいけどさ」
と言った。梨華子と亜矢子は顔を赤くしてスカートの尻に手をやった。大介は、
「ゴ、ゴメン―――壁持って来る」
と言って準備室に走って行った。礼二は頭の後ろで腕を組んだまま、
「ま、今は"誰もいなかった"から良かったけどな―――」
と言った。梨華子と亜矢子はそれを聞いて安心した。梨華子と亜矢子は下着を見せ合う仲であっても、外ではチラリと見えただけでも恥ずかしい、そういうものだった―――。
そうしているうちに大介はパーティションを3台持って戻って来た。
『実は遠藤さんのパンツは見たんだけどな。竹田さんに見本見せてる時に―――ね。性格通りの白、いいね』
礼二は思っていた。
大介がスタート位置の後ろにパーティションを並べて後ろから二人のスカートの中が見えないように並べ、礼二も手伝った。
そしてスタートの練習に戻った。
「じゃ、ちょっと位置についてみて」
大介が言うと二人は位置についた。大介は二人のフォームをチェックし、
「よーい」
と言った。梨華子と亜矢子は腰を上げた。するとそこで大介は、
「ストップ。ちょっと竹田さん窮屈じゃない?」
と聞いた。亜矢子は、
「あ―――うん、何と無く」
と答えた。大介は、
「竹田さんは、スタートで頭が低いからその位置だと合わないと思った」
と言った。亜矢子は梨華子に比べて両腕を広げて頭を低くする姿勢を取っていた。それを見て梨華子と同じ様にブロックを組んでは合わないと思い、亜矢子の側に来て、ブロックの位置を動かすよう指示した。
亜矢子は言われた通りに動かし、位置についてみた。するとさっきよりしっくり来たので、
「今度は大丈夫そう」
と言った。それを聞いて大介は、
「じゃ、もう一回いってみようか」
と言った。梨華子と亜矢子はコクリと頷き、位置についた。
「位置について、よーい」
大介が言うと、
「ストップ!」
と礼二が叫んだ。大介は、
「どうしたんだ?」
と聞くと、礼二は、
「ホレ、これ使えよ。スタートの練習なんだからさ」
と言って投げた。大介はそれをキャッチした。それはスタートに使うピストルだった。礼二は笑い、
「気ィ利かせねーと女にはモテないゼ」
と言った。大介は、
「ああ、ありがとう」
と言って、ピストルがきちんとセットされてる事を確認してから、
「位置について、よーい」
と言った。梨華子と亜矢子は腰を上げてスタート姿勢を取った。

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