梨華子と亜矢子
百合ひろし:作

■ 第五章 勝負3

パン!

ピストルの音と同時に梨華子と亜矢子は勢い良く飛び出し、30m程走った後速度を落として止まった。
「本当にいいね。12秒6出そう」
亜矢子が嬉しそうに言うと梨華子は、
「うん、そのタイムで勝負しようね」
と笑顔で返した。亜矢子は先に走って行って大介に、
「どうもありがとう。とても助かったよ」
と頭を下げて礼を言い、更に遅れて来た梨華子にも、
「梨華子も―――ありがとう」
と言った。梨華子は、
「うん」
と満足そうな笑顔を見せた。


2人が帰った後―――、礼二は、
「いいもの見せてもらったぜ」
と言った。大介は、
「何がだ?」
と聞いた。礼二は、
「成績優秀、運動神経抜群。それでいて大人くて顔も可愛いって完璧な遠藤さんと竹田さんがパンチラさせながら走る姿―――」
と笑いながら言った。大介は呆れ、
「お前、気ィ使えとか言っといて目的がそれかよ」
と言った。礼二は、
「遠藤さんは白、竹田さんは白とピンクの縞―――。竹田さんがマジでツインと縞パンの鉄板とは想定範囲外だったけどな」
と言って更に、
「ブラも同じ色―――セットだな、二人共」
と言った。大介は額に手を当てて、
「ったく―――、そんな観察力あるならライバルを観察しろよ」
と言った。礼二は、
「ハハハ。ライバルは月に一回だけど女の観察は毎日さ」
と高笑いした。大介はもう何を言っても無駄だと思い、
「遠藤さんと竹田さんにはお前の事危険だと言っとくよ―――」
と言った。礼二は、
「ハハハ無駄だよ、そんなんで俺は止まらねーよ。でも安心しな、真面目系は見て楽しむだけにするよ。付き合うとなると色々疲れるからな」
と答えた。大介は、さすが50人にプロポーズする男、と思った。


体育祭当日―――。
1年生から3年生までのクラス対抗式で行われる体育祭は予想に反して混戦になった。
梨華子のいる1組、亜矢子のいる4組は前半の種目はさっぱりだった。一方2組が配点の低い筈の玉入れ―――とは言っても小学生のやるそれとは違い、籠は人が背負って逃げるのだが―――であまりにも大量にリードした為配点の低さなど関係なくなってしまった。また、3組は男子200mで岡山大介が、男子5kmレースで権田礼二が2、3年生をものともせずに優勝し、点数を稼いだ。

午後の後半戦は男女100mと男女クラス対抗リレーがある。100mは先日測ったタイムの遅い順に各クラス2人ずつ合計8人で走る。梨華子と亜矢子は最終組、各クラスのエース級を揃えてくる―――。つまり、梨華子も亜矢子も他の人から見ればエース級なのである。
「陸上部のエースからみてどうだい?」
礼二は大介に聞いた。大介は、
「勝ち目は無いな。うちのクラスは―――。女子キャプテンは遠藤さんと同じ1組だし、竹田さんも12秒台」
と答えた。2組にも3組にも12秒台は居ないのでこの3人が1〜3位に入るだろうと思った。
因みに200mもそうだったが、100mは電光測定なので正確にタイムが出る。私立で運動部に予算を配分している関係でそういう装置も持っているのである―――。梨華子も亜矢子も生まれて初めて正確なタイムを見る事になった。
1組、そして4組は特に1年が盛り上がっていた。どちらも梨華子と亜矢子が1年生ながら上級生を抑えて最終レースにでるからである。因みに配点は後ろに行くに従って高い。

徐々に緊張が高まってきた―――。コースはタイムの一番良い陸上部のキャプテンが4コース、次が梨華子で5コース、亜矢子は3コースになった。梨華子と亜矢子は顔を合わせず、目を閉じてスタートのイメージを作っていた。一方キャプテンは高校最後の一発勝負、インターハイ準決勝まで行った実力を見せ付けようと思っていた。
いくら梨華子と亜矢子が運動能力に優れていたとしても、いくらシーズンオフでピーキング出来ていなかったとしても、本職がこの間スターティングブロックの使い方を覚えたばかりの素人に負けるわけには行かなかった。

キャプテンが両脇にいる梨華子と亜矢子に目をやると、二人はまるでキャプテンの事は目に入っていないようだった。12秒4のキャプテンには勝てない、それよりもライバルに勝つ方に全力を注ぐ―――ということである。

梨華子は亜矢子に絶対に負ける訳には行かなかった。亜矢子を陸上部に連れて行ってスターティングブロックの使い方を覚えさせる、なんて事をしなければスタートでついた0.2秒の差をそのまま守りきって勝てるということだった。しかし、同じ条件で闘う事を選んだ。それは聞こえはいいが勝負の世界では情を掛けた―――ないしは態と負けるように仕組んだと言われても仕方の無い行為だった。だからこそ100分の1秒でも構わないから亜矢子に勝ちたかった。
一方亜矢子からしてみれば梨香子に勝つチャンスである。12秒9だった自分に対し、スターティングブロックの使い方を覚えただけで12秒64が出た梨華子―――。あれ以来記録は取って無いが大介に教えて貰って一緒に走った感覚では12秒6台は出ると感じた。今まで梨華子と何本も一緒に走ってきて、ほぼ同じタイムだった。ならば12秒6はいける、という事である。
そんな想いを交錯させているうちにスタートの順番が来た。前のレースがスタート成立すると準備に入った。キャプテン、梨香子、亜矢子、そして他の5人―――。それぞれ慎重にスターティングブロックを合わせ、軽くスタートを切ったりした。
前のレースの順位が確定し、前方がクリアになるとスターターが自分のコースにつくように指示した。それから足早に本部が放送で選手と大会記録、12秒38を紹介した。去年キャプテンが出したものである。
「位置について」
スターターの言葉で全員スターティングブロックに足を乗せ、両手を前についた。梨華子も亜矢子もこの間出したベストの位置にセットして足を乗せた―――。
「よーい」
スターターはピストルを上げて言った。キャプテンと梨華子はほぼ同じ高さ、そして亜矢子はツインテールが地面に着く位頭が下がる姿勢を取った。
一瞬のこの緊迫感はとても長く感じた。心臓が10回は鼓動を打ったのではないかと感じた。実際には3ないし4回だが―――。

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