梨華子と亜矢子
百合ひろし:作

■ 第五章 勝負4

パン!!

ピストルの音と共にレースは始まり、大歓声に包まれた。4コースのキャプテンが勢い良く飛び出した。7コースも飛び出したが梨華子と亜矢子が20m辺りでかわした。
これ以上無いスタートが切れた。後は前を行く陸上部のキャプテンを追い掛けるだけ―――。しかし30、40、50mと距離が行くに従ってジリジリとキャプテンとは差が広がり3m程になった。
梨華子、亜矢子共に視界にキャプテンを捉えながら真横に相手の足音を聞いた。
「亜矢子に勝たせる為に誘ったのではない―――」
梨華子は真横に亜矢子がつくことは解っていた。そしてその横についた亜矢子に勝つ事にこそ意味がある―――。梨華子はそう思っていた。
亜矢子が低いスタート姿勢を取るようになったのは小学校6年生の時―――。体育の授業で記録を取ったのだがその時、普通にスタートしたらどうしても梨華子に勝てなかった。スタートで着いた差がそのままゴールまでいってしまう。その為試しに両腕を広げて頭を下げてみた。そしたら梨華子に勝って、この時期、小学校5〜6年は女子の方が男子より肉体的に強い為にクラスでも一番になった―――。

キャプテンの背中が迫って来た。そして歓声は大きくなる―――。しかし距離が足りなかった。キャプテンは梨華子と亜矢子に一時4m差をつけたが調整不足から後半失速―――。しかし2.5m差まで詰められたがそのままトップでゴールテープを切り、直後―――ほぼ平走で梨華子と亜矢子がなだれ込んだ。
キャプテンは拳を上げた。タイムは12秒39、ベストには0.2秒程、大会記録には0.01秒足りないが調整不足から考えると満足行くタイムだった。
そして2位のタイムが出た、12秒59―――。梨華子と亜矢子はそのタイムがどちらの物か、息を弾ませながら見守った。そしてその直後に出たコースNo.
『5』
1組応援席からはワンツーフィニッシュに大歓声が上がった。梨華子は両手の拳を握ってそれから片腕だけ高く上げ、応援している1組にアピールした。亜矢子に勝った嬉しさ、そして勝って良かったという安堵感だった。そして次のタイムが出た、12秒63―――。コースは、
『3』
ほんの僅かな差で梨華子に敗れた亜矢子は両手で顔を覆った。目視では全く分からない差であり、小学校の運動会の様に目で見て順位を決めていたら亜矢子の勝ちと見た人もいたかもしれない―――。しかし、デジタル計測は無情にも梨華子に勝利を、亜矢子には敗北を突き付けた。

「亜矢子」
梨華子は亜矢子を呼んだ。亜矢子は手を顔から離し、拳を握って悔しそうに梨華子を睨み付けた。梨華子はそんな亜矢子に腹を立てたりはしなかった。もし逆の立場だったら同じ事をしたし、今までだってそうだった。勝った方は素直に喜び、負けた方は周りから見ても解るほど悔しさを出していた。それが梨華子と亜矢子の妥協なき勝負であり、今回はたまたま梨華子が勝ち亜矢子が負けた―――それだけだった。
「亜矢子、行こう」
梨華子がもう一度声を掛けると亜矢子は笑顔を見せて、
「うん」
と返事した。
女子100m最終レースでのワンツーフィニッシュが決め手となり、1組はかなり追い上げ、玉入れでまさかの大量得点の2組、男子が強い3組に追い付いた。4組は亜矢子の3位以外決め手がなく1〜3組に離されたままだった。


そして最終種目―――、クラス対抗リレー。男子は短距離のエース岡山大介、そして他にも同じ陸上部から2人とサッカー部ながら100m10秒台と大介の次にタイムがいい人がメンバーに入り、3組楽勝ムードだった。だからこそ4人でバトンを落とさないように昼休み等を使って練習した。
一方女子は俊足な人がバラけてしまい、決め手がない他のクラスに対して1組に注目が集まった。100mワンツー組と、梨華子にタイムで敗れて最終レースに出られなかった陸上部の人も入り、残りはソフトボール部の人で200mの最終レースで5位だった人で3人には見劣りするが決して遅くはない。
1走がスタートラインについた。1組がインコースで4組がアウトコースでスタートを切り、2走からオープンコースになるというルールだった。つまり見掛け上梨華子は亜矢子を追い掛ける形になる。

「位置について」
スターターが言った。4人はスターティングブロックに足を掛けた。
「よーい」
その声で腰を上げた。暫くの静止の後、

パン

とピストルが鳴り響いた。4人はそれぞれがいいスタートを切り、コーナーを曲がって行った。亜矢子は先程の100mとは違い、前には誰も居ないので気持良く風を受け疾走した。しかし、イン側から足音が迫って来る―――梨華子だ。
梨華子は中間点でアウト側の2人をかわし、残るは4コースを走る亜矢子だけだった。これで亜矢子を追い抜けば今までやったことがない完全勝利だった。
しかし、1走を選んだと言うことはコーナーリングをきちんと対策した方が強い。五輪でも100mと200m、両方とも素人目には全力疾走してるようにしか見えないが実は違う。4×100mリレーも同様にコーナーを走る奇数走者と直線を走る偶数走者は求められる物が違う。
梨華子と亜矢子は陸上を専門的にやっている訳では無く、生まれ持った運動神経と160cm台中盤近い体格とスポーツクラブで鍛えた"どんなスポーツにも対応できる"能力でここまで来た。良く言えば万能、悪く言えば中途半端―――。つまり、コーナーの走り方はキャプテンや大介の様な専門家から見れば知らないに等しい。そんな中で実力がほぼ等しい両者が勝敗を分けるとすれば、

より直線に近い方を走る方が勝つ―――。

という単純なものだった。

コーナーからでた直後に2走にバトンを渡し、そこから30m先からオープンコースになる。亜矢子はバトンを受けようと2走がスタートを切ったのを見て梨華子に対する勝利を確信し、梨華子はコーナーを出た瞬間に亜矢子が僅かに視界に残った事に、自分の敗北を確信し、ソフトボール部の2走にバトンを渡した。
2走は4組の方が速く、僅かしかなかったリードを広げたが、3走で1組が逆転すると、アンカーでキャプテンが大差を付けて勝った。せめて200mで優勝した人が4組に入っていればもう少し接戦になっただろうに、と思われた―――。

さっきとは逆の立場になった。梨華子はチームとしては完勝したが、1走としての勝負は亜矢子に負けた。その為嬉しさ半分悔しさ半分だった。しかし、リレーなので亜矢子に負けた事は後で悔しがればいいと思い、3人のリレーメンバーと嬉しさを分かち合った。
一方亜矢子はチームとしては負けたがサバサバしていた。梨華子に勝ったのと、総合力では1組に勝てないと解っていた為だった。クラスに戻ると、やはり先程の100mのリベンジで梨華子に勝ったのかと周りに聞かれた。亜矢子は素直に、
「うん―――梨華子には勝ちたいんだ。全てで」
と答えた。そして口には出さなかったが梨華子が内心悔しがっているのは解っていた。それは全てに於いて勝ちたいのは梨華子も同じと知っているから―――。

その後行われた男子は、3組が圧勝した。2位と50m差をつけたのではないかと思ってしまう程の差だった。
そして表彰式―――。
優勝は3組で最優秀選手に大介が選ばれた。そして優秀選手には、礼二、キャプテン、梨華子、そして玉入れで大量得点したという事で2組に選手団長が選ばれた。
亜矢子は表彰される梨華子を見て心から拍手を送った―――。


帰りはいつものグループで帰り、そして途中から二人だけになった。
「梨華子、賞状見せて」
亜矢子が言った。梨華子は筒から賞状を出して亜矢子に渡した。亜矢子は広げて目読し、
「改めておめでとう」
と笑顔を見せて賞状を返した。梨華子も笑顔を返して受け取った。
戦いが終われば元の双子の様な親友に戻っていた―――。

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