梨華子と亜矢子
百合ひろし:作

■ 第七章 告白1

クラス替え―――。梨華子と亜矢子は同じクラスになった。というのは、2年生から文系と理系に別れるが、理系は特に女子は少ないので理系を選べば間違いなく同じクラスになれた。勿論同じクラスになるのが目的ではないのだが、結果的にそうなった。
分け方は単純で1,2組が文系、3組が男子が理系で女子が文系。残った4組が理系である。それでも男子が20人、女子が15人とバランスは悪かった。

「あれ?君達も理系?」
梨華子と亜矢子を見るなり礼二が声を掛けてきた。梨華子は、
「うん―――数学と物理がいいから。古文も好きだけどね」
と言った。亜矢子は微妙に違って数学と化学、そして国語は現代文が得意だった。礼二はニヤリと笑い、
「じゃ、テスト前はよろしくな」
と言った。梨華子は苦笑いして、
「あ、うん。いいよ」
と答えた。すると礼二は、
「オイ大介!聞いたか?テストはバッチリだぜ!」
と大声で言った。すると後から遅れてきた大介は、
「オイオイ、いきなり勉強教えろは無いだろ。幾等一緒のクラスになったからって」
と言って止めた。梨華子と亜矢子の成績がいい事はかなり有名で大介や礼二も知っていた。しかし、梨華子と亜矢子が理系を選んだ事は陸上部で会ったりした時には聞いて無かったしその様な話題も無く、知らなかったので、正直内心ラッキーとは思ったがいきなり教えてくれと言うのは失礼だと思った。少なくとも自力でやってみてそれでも駄目だったら聞くべきだと―――。
梨華子と亜矢子は内心驚いた。大介が理系を選んだのは全く想定に入って無かった。先にも述べたがそういった進路の話はお互い全くしなかったし、陸上部のエースとして学業の負担を減らすために文系を選ぶと思っていたので聞こうとも思わなかった。
「良かった……」
亜矢子が呟いた。その呟きは梨華子と礼二にしか聞こえなかった。礼二は亜矢子の近くに来て、
「大介と同じで―――かい?」
と囁いた。亜矢子は顔を赤くして目を伏せた。礼二はカカカと笑い、
「見え見えだよ。遠藤さんもだけど―――ま、内緒にしとくけどさ」
と梨華子と亜矢子に目配せした。梨華子も亜矢子の隣で顔を赤くして目を伏せた。
梨華子と亜矢子の二人のどちらかと付き合いたいと仄かな恋心を抱いていた他の男子は、礼二が二人に声を掛けていた事でその恋心を諦めなければと思った。陸上部の長距離エースが相手では勝ち目はない―――と思ったからである。
しかし、真面目な二人が礼二の様な軽い性格の男にはなびかないと思う人もいた。しかし、梨華子と亜矢子二人が大介に淡い恋心を抱いている事に気付く人は誰もいなかった。
彼は顔立ちは整っているいわゆるイケメンではあるのだが、野性的で、優しいというよりは汗臭い印象だからだった。つまり気付いていたのは礼二だけだった―――。


同じクラスになってからは一緒に行動する事が多くなった。短距離と長距離の陸上部のダブルエースと梨華子と亜矢子が一緒にいたら、流石に最初二人は礼二にはなびかないと思っていた男子も大介が絡んだ事で完全に諦める他は無かった。
しかし、お互いに告白はしていないし今の所は仲の良い友達といった感じだった。

梨華子と亜矢子はスポーツクラブが無い日は陸上部が終わるまで、つまり大介を待つ日が続いた。そして、大介と触れる中で今まで気付かなかった大介に気付くと益々好きな気持が膨らんで行った。例えば雨の日―――。
突風が吹いて亜矢子の傘が壊れてしまった時、大介は亜矢子に傘を貸し、逆に亜矢子の壊れた傘を手にして帰っていった。そして次の日―――。
「気に入ってたんだろ」
と無表情に言って傘を返した。亜矢子は開いてみると、折れた部分が修復されていた。また別の時は―――。梨華子が貧血起こした時に保険室までおぶさって行った事もある。
4人でいるときは礼二が一番喋っていて梨華子と亜矢子、そして大介は聞き役になっていた。また、大介は礼二みたいに気の利いた話し方ではなく無表情、無感情な話し方で、行動もそうだったのだが、実は細かい事に気を利かせてくれている所に梨華子も亜矢子も惚れていった―――。


6月衣替え―――。
梨華子は下着の上にワイシャツを着てスカートを穿いた。ネクタイはきっちりと締めて靴下の皺を伸ばした。そして鞄を持っていつもの様に学校に向かった。
亜矢子と挨拶すると亜矢子も同じ格好できちんと制服を着ていた。
但し、共通していたのは色の着いた下着を着けていた事だった。梨華子は薄い水色、亜矢子は薄いピンク―――。二人の性格同様控え目ではあったが、ワイシャツから透けて見えるブラジャーは精一杯のアピールにも見えた。
いつもの様に過ごし、そしていつもの様に大介と礼二と別れた。その後梨華子は亜矢子に、
「明日―――告白する」
と言った。亜矢子は一瞬驚いた表情を見せた。亜矢子も告白を考えていたが、梨華子程気持ちをまとめてはいなかった―――。
「頑張って、応援するよ」
亜矢子は笑顔で言った。心の中で梨華子に負けたと思ったが―――。それは悔しかったが、梨華子に幸せになって欲しい気持ちだったので本当に心からの笑顔だった。
「ありがとう」
梨華子は言った。亜矢子の気持ちも知っていたのでそれ以上は言わなかった。言う事は告白まで気持ちを持って行けなかった亜矢子を馬鹿にしてると思ったから―――。

その後特に会話もなく梨華子と亜矢子は別れた。
梨華子は家に帰ると挨拶だけして部屋に篭った。そしてネクタイを外し、スカートとワイシャツを脱いだ。いつもだったらスカートは直ぐに掛けるのだが、この時は畳んだだけでそのまま床に放置していた―――。
「…………」
梨華子は何も言わず、脱いだまま―――薄い水色のブラジャーとパンティ姿でベッドに腰掛けていた。時々髪を流す以外は何もしなかった―――。そのままずっと何もしないでただ座っていた。
2時間後、梨華子は立ち上がり、鏡の前に立った。靴下を直し、ブラジャーのベルトに指を通し、パンティを直した後、ボブカットの髪を両手で流して、その手を後ろで組んで鏡に映る自分自身を見た―――。
そう言えば初めてブラジャー着けた時はまだまだ子供体型だったな、と思った。それから5年が過ぎてすっかり大人の体型になり、それで告白するんだな―――大人の女性として―――。これは教科書の無い、正しい答えなんて解らない事なんだ、と思った。
「ふぅ……」
梨華子は息をついた。そして色々思い出す事にした。何が告白しようと決心させたのかを―――。
大介との出会い―――初めて使うスターティングブロックの使い方を教えてくれた。梨華子は自分だけが有利にならぬよう亜矢子を誘い一緒に教えて貰い、そして勝負は亜矢子に100mで勝ち、リレーの1走では負けた。
一緒のクラスになった後は礼二と大介と亜矢子との4人で勉強したり買い物したり、陸上を教えて貰ったりした。その勉強会では大介が苦手にしているものもあった。
「何としてでもやりたいんだ」
大介はその問題に果敢に挑んだがどうしても駄目だった。礼二が、
「どっちかに教えて貰えよ」
と笑いながら言うと、大介は、
「もう少しだけ考えさせてくれ」
と言って何とか自力でやろうとした。しかし解らなかったのでたまたま梨華子に聞いた。梨華子が教え、大介は理解した。
その問題が小テストで出た。先生は成績に反映させると言っていた。梨華子、亜矢子、礼二は出来た。大介はどうだったのかというと―――。
「遠藤さんが教えてくれたから出来た。ありがとう」
と視線は合わせなかったがはっきりとした口調でお礼を言ってくれた。勉強を教えた時も言ってくれたがその時よりもよりはっきりと力強かった―――。梨華子は解っていた。自分が教えたのはあくまでも"サワリ"であり、大介は自分の力で解いた事を―――。だから梨華子は自分が教えたから大介が解けたのではない、それが彼の実力だったのだと思ったが、それでもこうやって礼を言ってくれた事が嬉しかった。
また別の日―――。梨華子が体育の時貧血を起こした。亜矢子が梨華子を背負って保険室に連れて行こうとした。その時男子は体力テストをしていて1500mを走っていたが、大介がそこから駆け付け、
「竹田さん。俺が連れてってやる」
と言って亜矢子に代わって梨華子を背負った。
「授業は―――」
亜矢子が言うと大介は、
「次の時間に俺一人が走ればいい―――そうだろ?」
と答えて保険室に向かった。梨華子は意識が飛び掛けていたが、この時はっきりと意識した。この人と付き合いたい―――と。
自分は身長163cmとそれなりに大きく、しかもスポーツクラブで鍛えている為それなりに重い。それでも何も言わずに背負ってくれた。筋肉質の大きな背中で。

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