梨華子と亜矢子
百合ひろし:作

■ 第八章 喪失1

梨華子と大介が付き合い始めて三ヶ月―――、九月になった。なかなか大介とデートする事は出来なかったが今度の休日は久し振りに休みになるのでそこでと二人は話し合って決めた。
大介は夏休み忙しかった。インターハイで陸上100mと200mダブル出場し、更に両方とも決勝に行った。残念ながら今年はレベルが高く、100mは10秒78で五位、200mは21秒65で三位だった。
梨華子と亜矢子は大介の走りを見ていた。負けた事は悔しかったが二人から見ても、後半に追い込むスタイルを確立しつつある大介はカッコ良かった。
因みに礼二はエントリーし入賞は確実な実力と思われたが、当日は高熱を出し棄権してしまった。
「クソっ、これで女の子のファンが五人くらいいなくなっちまった」
と競技を終えた大介と、梨華子と亜矢子にぼやいていた。


九月はシーズンオフなので体と心を休める事に充てた。勿論部活はやっているし、トレーニングは続ける。その為完全に休みではないが―――。更に体育祭も近いので梨華子と亜矢子が練習に参加する事もあった。
今年は4組楽勝ムードだった。兎に角足が速いのが短距離長距離共に揃っている。弱点と言えば、騎馬戦と女子の長距離位である―――。


そんなわけで漸く時間が出来た梨華子と大介は久し振りにデートする事にした。六月に初デートをし、七月にもしたが、それ以来だった。
「さーてと、シーズンオフで心も体も開放的。どうなるだろうね」
礼二は亜矢子に電話を掛けてそう言った。亜矢子は電話を受けて顔を赤くした。今回は、というより礼二と亜矢子が梨華子と大介をつけたのは初めてのデートの時だけで、七月もそして今回もつける事は無かった。

梨華子と大介はこの日はデートコースと言われる港の公園から桟橋に掛けてを歩いた。梨華子はこの日の為に可愛い薄い黄色のブラウス、フリルのついた赤のミニスカート、紐付きの革靴に膝下までの黒い靴下を身に付けて、白のポシェットを腕に下げた。その格好を大介は可愛いと言ってくれた。
昼食は海が見える位置にあるカップル向けのレストランに入った。そこのメニューは大抵のカップルに対応できる様なメニューだったが梨華子は無性に肉が食べたかった―――。その為大介と同じメニューを注文した。
「俺達肉食系同士か―――それもいいな」
大介は窓の外を見ながら冗談を言い、梨華子はクスッと笑った。
その後は大観覧車に乗って海を見た。自分達が乗っているゴンドラが一番上に到達した時―――。大介に肩を引き寄せられて軽くキスをした。生まれて初めての口付けに梨華子は一瞬体が固まった―――。
「ん……っ」
梨華子は目を閉じ、少しだけ声を出した。心臓の鼓動が高まり、顔が赤くなるのを感じた。
二人の体が離れ、梨華子は目を開けた。梨華子は席から立ち、大介の前に立つとそれから手を伸ばし、大介の肩に両手を置いた。
「……で、……いて」
顔を真っ赤にして言ったがはっきりとは言えなかった為、ゴンドラを動かす機械音や揺れたときに出る軋み音に掻き消された。
「何?」
大介は聞き返した。梨華子は首を振った。そして言葉を変えた。
「この後、うちに……行こ……ホテルは……嫌」
梨華子はそう言って視線を大介から外し、顔を両手で覆った。大介は驚いた。ファーストキッスは少し強引かと思った。もしかしたら梨華子が嫌がるのではと。しかし嫌がる所かその気にさせてしまったようだ。ホテルという単語が出た時点で梨華子はSexを求めていることは容易に解った―――。
「いいのか?」
大介は念押しした。デート経験豊富な礼二に言われた―――。主導権を握れ、でも絶対焦るな。梨華ちゃんの意思と好みを確認するんだ―――と。梨華子がその気になってると思ったからと言ってすぐには飛び付くな、と判断した。
「俺が引っ掛けるのはその場でもOkな女だが梨華ちゃんは違うぜ、あと好みは煩そうだなあ」
礼二は部活の時にそう教えてくれた。礼二が引っ掛けるような女に比べると遥かに難しいタイプと言っていた―――。

梨華子はボブカットの髪を後ろに流してからコクリと頷いた。顔は赤いままだったが大介をしっかりと見据えて。大介は梨華子を抱き寄せ、もう一度キスをした。


帰り道―――、いや、その表現は半分正しくは無かった。今までのが前座でこれからが本番だった。梨華子の家に向かっていたが二人はほとんど会話をしなくなっていた。お互い人指し指を絡めていたので喧嘩では無い事は傍目にも理解出来た。緊張して言葉が出なかったのである。
梨華子は大介を部屋に上げた。そしてまだ夏の暑さを残す部屋を冷やす為にエアコンのスイッチを入れ、
「ちょっと待ってて」
と言って一階に下りた。
冷蔵庫を開けるとペットボトルの水が何本も入っていた。そしておにぎりも握ってあった。そう―――。去年のクリスマス前だろうか、亜矢子と快感を共有しあった時、亜矢子はおにぎりを用意していた。万が一そういう状況になった時、いや、梨華子が望みそれが叶った時―――、その時の為に水を買いおにぎりを作って置いた。そう、最初から望んでいた。しかしどう切り出せばいいか分からなかったのだった。そう、あのゴンドラの中での大介からのキスが梨華子の心に勇気をくれたのだった。
冷蔵庫から水とおにぎりを出し、お盆に置いた。そしてさらに二本水を出してそれを持って二階に上がった。

■つづき

■目次

■メニュー

■作者別


おすすめの100冊