梨華子と亜矢子
百合ひろし:作

■ 第九章 公認2

亜矢子は目を覚ました。顔を上げると目の前には梨華子が立っていた。
亜矢子は慌てた。脇には煙草の箱とライターを置いていたからだった。まさか梨華子が来るとは思わなかったし梨華子には見せなくない姿だった―――。
しかし煙草もライターも無かった。
「探し物はこれ?」
梨華子は三本無くなってる煙草の箱とライターを見せた、亜矢子が買ってさっきまで吸っていた煙草だった。亜矢子は、
「うん……」
と頷くと梨華子は、
「亜矢子……立って……」
と言った。亜矢子はその梨華子の言葉に何も返さず、言う通りに立ち上がりスカートを叩いた。しかし、梨華子に目を向けられなかった。梨華子は、
「こっち向いて……」
と静かに、そして強く言った。亜矢子は斜め右下から視線を梨華子に向けたがどうしても顔を見られなかった。すると梨華子は亜矢子の顎を左手で軽く掴み、自分の方に向けさせた。
「ひっぱたかせて」
梨華子は言った。亜矢子は断われる筈が無かった。亜矢子が頷くと、梨華子は、
「覚えてる?亜矢子が私を叩いた時の事」
と聞いた。亜矢子は、
「忘れる訳、無いよ」
と答えた。梨華子は、
「私が亜矢子に酷い事したからだよね。亜矢子は酷い事したら叩いていいって、言ったよね……?」
と確認した。亜矢子は頷いた。解っていた。やっぱり話した方が良かったのだ。
「私が叩きたい理由分かる?亜矢子」
梨華子は聞いた。亜矢子は頷いた。普通なら「煙草を吸ったから」と答えるだろうが、亜矢子は違った。煙草を吸ったからではない―――それはあくまで結果であり、もっと根本にあるもの。
亜矢子が梨華子に自分の気持ちを打ち明けずにうじうじしていた挙句に煙草に逃げた事だった。何でも話せる友人関係―――それはとても難しいが、梨華子も亜矢子もそう在りたいと思って誓った。それを亜矢子自らが裏切った事だった―――。亜矢子はそう答えた。
「そこまで解ってて―――どうして」
梨華子の言葉はその通りだった。しかし、どう話せばいいのか―――大介と付き合ってる梨華子に、私も大介が好きだから付き合っていい?なんて言ったら馬鹿もいい所。立場がもし逆だったらどうなるのだろうか―――、ここで煙草吸ってたのは梨華子かもしれなかった。しかしそれでも亜矢子にとっては梨華子を裏切ってしまったという気持ちの方が強かった。
梨華子は取り乱したりせず冷静だった。ただ、言葉が悲しそうだったが―――。
亜矢子は一歩前に出て手を後ろにやった。
「梨華子には言えなかった。ゴメン……叩いていいよ。叩いて」
亜矢子は目を閉じて歯を食い縛り、覚悟を決めた。梨華子は、
「叩くよ」
と言ってから、
パァァァン!
と思い切り叩いた。音は橋脚に反響し、亜矢子はその場に倒れた。梨華子は亜矢子を起こして隣に座った。
亜矢子は驚いた。叩かれた頬を押さえながら梨華子を見ると、梨華子は煙草をくわえてライターを亜矢子に差し出していたからだった。
「火、着けて」
と言った。亜矢子は言われた通り着けた。梨華子は煙を思い切り吸い込むと、さっき亜矢子が蒸せたように咳をした。それから、
「私も同罪だからね、捕まるなら一緒だよ」
と静かに言った。亜矢子は下を向いて、
「ゴメン……」
と謝った。梨華子は何も言わずに煙草を吸いながら亜矢子の頭を撫でていた。


梨華子は亜矢子と同じ三本吸った。それから箱の中の残りを数えてから返して、
「もう、吸わないでね。私も吸わないから」
と言った。亜矢子は、
「うん―――。梨華子、ありがとう。もう……迷わないから」
と答えた。梨華子に叩かれて迷いが消えた。大介を巡って梨華子と戦いになってもきっとそれが梨華子の望むことだと考えた。ただ何もせずにウジウジしたり他に逃げたりするのではなく梨華子とぶつかりあえばいい―――と。
「梨華子に相談したいんだ、でも気持ちまとめるまで時間頂戴、すこしだけ」
亜矢子が言うと梨華子は笑顔を見せた。
「いつでも待ってるよ」
と―――。


一週間後―――。
大介と礼二は部活、そして梨華子と亜矢子はスポーツクラブの無い日だったので二人は学校の後出掛ける事にした。その時に相談する為に亜矢子から誘ったのだった。
場所は喫茶店だった。席は窓側の角の席にした。最初は普段通りの話をしていたが、その時、
ピピピピピピ―――
とアラームが鳴った。亜矢子はポシェットに手を入れて止めた。
この音は以前よく聞いた『騎馬戦』開始の合図だった。梨華子は、
「まさか、ここでやりあわないよね」
と笑顔で聞いた。亜矢子は、
「うん。ただ、それだけの気持ちで来たことを忘れないように、って」
と笑顔で答えた。そう―――『騎馬戦』は悩みがあった方が仕掛けていた。今回は亜矢子が悩みを抱えていた。
亜矢子は真剣な表情になり、
「前も、軽蔑されるかも知れないって思って『騎馬戦』仕掛けたけど、今度こそかもしれない―――」
と前置きした。梨華子はコーヒーを少し含み、真剣に耳を傾けた。亜矢子は話すと言った以上後戻り出来ないと思い、
「梨華子、大介君に告白して付き合ってる―――。幸せになって欲しいし応援してるのは本当だよ」
と言った。それから、
「でも……私も好きなんだ、大介君が……。何回も諦めようと思った。梨華子が付き合ってるんだから諦めたかった―――」
と続けた。梨華子は顔色一つ変えずに真剣に、穏やかに聞いていた。亜矢子は下を向いて震える足に鞭を打つように気合いを入れた―――。
「でも……無理だった。だから告白する。私も付き合いたい―――」
大声では無かったが梨華子には充分過ぎる程突き刺さる魂の声だった。梨華子は黙って聞いていた。亜矢子は、
「大介くんに浮気しろって言ってる様なものって解ってる。でも、この気持ちは―――」
と言った。梨華子は、
「私なら―――いいよ」
と答えた。亜矢子は、
「え?」
と返した。拍子抜けするほどあっさりと梨華子は言った。逆に、
「浮気―――認めるってことに……なるよ」
と念を押した。梨華子はコーヒーをすすって皿に置き、
「そう見えるよね、それでもいいよ。ただ、勘違いしないでね」
と前置きした上で、
「誰でもいい訳じゃない、亜矢子だからいいってだけだよ。後は―――」
と言った。亜矢子は、
「後―――は?」
と聞いた。梨華子は、
「大介がOkだったら―――言うよ」
と言った。この場での話はここで終わった。

梨華子は嬉しかった。やはり亜矢子には本心をぶつけて欲しかった。今までは梨華子と亜矢子の二人の問題であったが今回は第三者の大介が絡んで来た。その為に亜矢子が言い辛いのは解っていた。しかしそれでも自分の口から言って欲しかった―――。
亜矢子がそれを押し殺していたのは見ていられなかった。もし亜矢子が先に告白し大介と付き合っていたらその姿は自分だったかもしれないと思っていた―――。
梨華子は亜矢子が大介に恋心を持っている事は知っていたし、その事に悩んでいた事も知っていた。煙草にまで逃げた位の悩みだから大介の件以外有り得ないと思い、河原で亜矢子を叩いた日、大介の事で相談を受けたらその時の答えは決めていた―――。
「その時、行くの付き合って」
亜矢子は言った。梨華子は、
「うん」
と答えた―――。

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