真梨子
羽佐間 修:作

■ 第1章 東京転勤4

 沢田 祐二 35歳 早稲田大学を卒業後、大手損保会社に就職し、3年前に高倉ビューティにスカウトされて転職し将来の幹部候補生と目されている。
 縁ナシ眼鏡の奥の目が、怜悧な感じがして、真梨子は生理的には、嫌いなタイプの男だ。
 ヒアリングを進める内に、沢田には、高倉由紀の個人商店的な現体制に不満があるようで、今回のプロジェクトによる社内体制の洗い出しで、システム構築と共にもっと近代的組織に改めたいという希望がある事を打ち明けてきた。
――ああぁ〜あっ やんなっちゃうなぁ・・・
 コンサルティングの仕事では、社内抗争に巻き込まれる事は、ままあるが、初日からこれでは、他セクションでも同様のことが想像出来、先行きが思いやられる。

「私どもが、第三者の目で分析させて頂くせっかくの機会な訳ですから、恣意的な先入観なく調査させて頂きます。 最善のご提案をさせて頂きますから!沢田課長」
 秋山が、そつなく、ピシッと沢田に釘をさした。
――まぁ 秋山さんたら、頼もしくなってるわ!

 その後、沢田も真梨子たちの立場を理解してくれ、求めに応じて、的確に資料や数字を協力的に提示してくれた。
 初日は、これくらいにしましょうと、秋山が言ったのは、8時を少し過ぎた頃だった。
 沢田が、食事でもご一緒にと誘ってくれたが、『羽佐間は、今日赴任したばかりで、ご用意頂いた宿舎にも、荷物だけが届いている状態でして 懇親会は週明けにって事で今日は、失礼します。』と秋山が、断ってくれた。
 正直、今日から暮らす部屋に、荷物だけを宅配便で送っていて、まだ一度も部屋を見てもいなかったので、せめて荷物を解いて、明日からの生活に備えたいと思っていたので嬉しかった。
 通常なら、会社指定のホテルが宿舎になるのだったが、高倉がプロジェクトメンバーに指定した真梨子が、新婚なのに転勤する事になった事を気の毒に思い、由紀の計らいで、高倉ビューティの借り上げマンションを無償で貸してくれる事になっていたのだ。
 高倉ビューティに通勤するには便利の良い千代田線・日比谷駅の近くという事だった。

 高倉レインボウビルを出てから、歓迎会とはいかないが、お腹が空いたので、3人で軽く夕食を摂る事になり、参宮橋駅前のファミリーレストランに入った。

「秋山さん、凄く頼もしかったわ」
「ホント! 頼りになります! 秋山主任」
「そっか?! でへへ あっはは」
 1年くらい前にチームを組んだことがある同年代、3人だったので和気あいあいと、話が弾み楽しい食事となった。
 あっと言う間に2時間が過ぎ、オフィスに一旦戻る秋山と別れ、同じ千代田線沿線の北千住に住む菅野久美と代々木公園から地下鉄に乗った。
 込み合う千代田線の中で、ようやく気の合う二人が、二人きりで話を出来る時間が出来た。
 真梨子の新御茶ノ水駅までは、20分ほどの間だったが、半年間、再び一緒に仕事が出来る悦びを語りあった。

 駅を降りて、予め渡されていた地図を見てみると、直ぐにその場所は判った。
 用意されたマンションは、駅から歩いて5分の距離にあった。
 近隣には、日立や三井住友海上などの大会社のオフィスや、明治大学などがあり、およそ女の一人住まいに相応しい環境とは思えないが、仕事のために滞在するには持って来いのロケーションだ。

 高倉ビューティの系列不動産会社が所有する物件で、オートロックは勿論、常駐の警備員がいてセキュリティは万全だ。
 8階の803号室が真梨子に準備された部屋だった。
 家具、電化製品一式は、備え付けてあるので、衣服、身の回りだけの準備でよいと言われていた。
 2LDKの間取りがあり、オーディオ類、パソコン、全自動乾燥機付き洗濯機、キッチンは、オール電化の設えで、食器洗い機まで完備され、食器類も品の良い物が一通り食器棚に並べられていた。

 ベランダがあり、道を隔ててビジネスホテルが見えている。
 決して良い景色とは言えないが、都心の真ん中に、これだけの設備が整った綺麗なマンションを用意して貰えたことに、改めて高倉に感謝の気持ちを持った。

 荷物を解くより、シャワーを浴びるより、とにかく浩二の声が聞きたくて電話をした。
「もしもし。 浩二さん?! 真梨子です」

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