真梨子
羽佐間 修:作
■ 第2章 体験エステ3
−橘 啓介− 5月6日(金)
真梨子が、東京へ転勤してはや1ヶ月が過ぎた。
羽佐間浩二は、会社運営の岐路に立ち、多忙な日々を過していた。
矢継ぎ早に訪れる来客との最後の応接が終わり、社長室に腰を落ち着けたのは、夜9時を回っていた。
携帯を見てみると、真梨子からメールが入っている。
つい今しがた受信したメールのようだ。『逢いたい』とだけ書いてあった。
ゴールデンウィークの前半2日間だけ、真梨子は東京から戻ってきた。
生理と重なり、可哀相だが十分に可愛がってやることが出来ないまま、東京へ戻っていった。
休日返上でプロジェクトチームのメンバーとレポート作成に取り組んでいるらしく、毎日寄越す電話の声から、仕事の充実振りが伝わり、嬉しく思っていた。
浩二の経営する潟Eェブコミュニケーションズは、社員50名程の小さなシステムの企画・開発会社だが、創業時から通信システムに特化して、携帯電話へのコンテンツ配信システムは、大手携帯キャリアが、新機種・機能を企画するたびに、事前に技術開示をして頼りにするほどの技術力を有していた。
もう一つの柱のセキュリティに関する個人認証技術は、指紋、虹彩、声紋、静脈など多岐にわたる研究が評価され、金融機関などに採用され始めている。
数年前より株式上場の話が持ち上がり、2年前から始まった新日本青山監査法人の予備調査も済み、今は上場支援チームが常駐して管理体制のアドバイスを受けている。
元々浩二は、マネーゲームのような上場にはあまり興味がなかった。
会社設立以来、浩二の右腕として支えてくれていた専務の熊谷 史人や東京支店長の佐伯 秀雄の、上場への意欲にほだされた形で上場へのレールを走り始めている。
上場による社会的ステータスが上る事は、男として魅力は感じているが、次々上場を果たした同業他社の、上場後の株価維持の為やマネーゲームとしか思えない活動は、見ていて気の毒で哀れにさえ思える事がある。
潟Eェブコミュニケーションズの商品は、一般コンシューマー向けではないので、知名度が必要な訳でもなく、また斬新な開発力のお蔭で研究・開発費の調達に苦労している訳でもない。
浩二は、いわゆるワンマン経営者ではないが、苦労して育ててきた”俺の会社”という自負はある。
しかし自分が築いた会社が”俺の会社”という範疇では収まりきれなくなってきている事は、十分理解していた。
スタッフ達の夢を実現するための”器”として、上場を果たしても、それを率いるのは、自分でなくても良いかもな?!と最近思い始めている。
それは、真梨子を得た事と無縁ではない。
ゆっくりとした時間を、真梨子と過すのも、幸せな人生のひとコマかも知れないと思うこともあった。
――南の島でのんびりと!かぁ・・・ あははっ 陳腐だけどそれもいいかもな
会計士によると、上場により浩二が保有する株式の放出で手にする額は、20億は下らないらしく、優雅に真梨子と暮らす事を思い描いて、Netで”南の島”巡りをする事があった。
◆
パソコンで来週の自分の行動予定を確認していたら、月曜日に新日本青山監査法人の株式公開部の柳部長が、投資会社の潟xンチャーエンジェルの橘 啓介を伴って来社するスケジュールになっていた。
秘書のコメントには、『柳部長がどうしてもとの事だったのでスケジュールを入れました』と書いてあった。
ベンチャーエンジェルの橘と言えば、スタンフォードでMBA取得し、最近のIT系企業の上場には、必ずと言っていいほど関係している業界では評判の男だ。
――真打登場ってとこかな
内容は、お会いした時に!というが、出資に関する話であることは想像が付く。
浩二は、真梨子を喜ばせててやろうと、『上場準備で、VAの橘と出資の件で合うことになった。今後、この件も含めて東京へいく事も増えるだろうから、出来るだけ時間を作って可愛がってあげるよ』とメールを送った。
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