真梨子
羽佐間 修:作
■ 第3章 目覚め11
−秋 山 2− 5月24日(火)
「君は、こういう事するのは初めてなのか?」
「……」
「どうなんだ? 嘘はつくんじゃないぞ!」
「…初めてです…」
「本当だな?」
「は、はい!」
翔太は、電車の中で腕を捻りあげられた瞬間から、激しく動揺していた。
痴漢のレッテルを貼られたこれからの惨めな自分を想像して血の気が引く思いでいる。
学校の事、親の事、友人の事、様々な人に蔑みの視線を浴びるなんて耐えられそうに無い気がする。
憧れの真梨子との秘密の楽しみも奪われ終わってしまうのだろう…
「君の態度次第では、この事を公にするつもりはない。 君もこんな事で一生を棒に振りたくはないだろう?!」
うなだれた翔太は、力なくコクリとうなづいた。
「ただ君が彼女にしたことを反省し、二度としない事を誓うならという条件だ!そして彼女に二度と近づかないことだ!どうだ? 約束出来るか?!」
精一杯の凄みを利かせて秋山が、翔太に迫った。
――彼女に二度と近付くな!ってこの人は真梨子さんの知り合いなのか?
「…はい もう、二度としません… すいませんでした…」
「君、学生だね?! 学生証をみせなさい!」
翔太は、合気道の技でまったく身動きできなくされた秋山にすっかり観念していて、素直にジーンズのポケットの財布から、学生証を抜き出して秋山に差し出した。
秋山は、差し出された学生証を、じっと見つめて、その内容にひと言も触れることなく翔太に返した。
「いいかい!これからこんなバカなことは二度とするなよ!せっかくの今までの努力がパーになっちゃうぜ!いいな!後輩」と諭すように語り掛けた。
翔太は、目の前の男に”後輩”と言われて安堵した。
この男は大学の先輩で、本当に警察沙汰にしないよとサインを投げかけてくれている事を悟った。
――良かったぁ。 助かった!
「ごめんなさい… もうしません… 許してください! あ、あの人の美しさについ…」
翔太が、力なく秋山に頭を下げた。
「ははっ あの女性に逢う為に、一番近い井の頭線に乗り換えずに通ってるのか?! 君! 欲望に流されちゃダメだぞ!」と笑顔を返してやった。
「はい!」
「念のために君の住所を控えておくからな!それと携帯電話を出しなさい!」
翔太へ以後の警告を込めて住所と、携帯番号を手帳に書き写した。
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