真梨子
羽佐間 修:作

■ 第2章 目覚め12

 秋山は、翔太の肩をポン!と軽く叩き、翔太をホームに残して反対のホームに向った。

 正義の人の役割を終えた秋山は、上り線への連絡通路で自分の手に付いた液体の匂いを嗅いでみた。
 もうほとんど乾いてしまったが、梶 翔太の指から付着したヌルヌルする液体が、真梨子の股間から分泌されたものなのかどうか、もの凄く気に掛かっていたのだ。

 ――間違いない!  女の愛液の匂いだ! これが真梨子の匂いなんだ・・・・  真梨子は、翔太に痴漢されて、淫らに股間を濡らしていたんだ!

 秋山は困惑していた。 
 この”牝の匂い”と秋山が持っていた”真梨子像”があまりにも合致しない。
 先日、皆の前で真梨子への気持ちを冗談めかして告白したが、初めて逢った時から真梨子の事が本当に好きだった。
 上昇志向が前面に出たガツガツしたキャリアウーマン達とは対極で、頭の回転が良く、仕事も独特の切り口でとても優秀なのだが、控えめで相手を立てる事が出来る女性だ。
 楚々とした仕草がとても上品で清楚な感じを醸し出し、真梨子と一緒にいる時間は心地良く、その笑顔も声も魅惑的だった。
 その真梨子が、秋山も加わったプロジェクトで共に仕事をした協力会社の社長の羽佐間浩二と結婚した事を年頭に聞かされた時は、正直ショックだった。
 しかし羽佐間の人柄や仕事振りから20歳近い年齢差はあるものの、似合いのカップルなのは秋山も認めざるを得なかった。
 二人の幸せを願い、自棄酒を一人飲んだのは、つい半年前の事だった。

 その真梨子が痴漢の指に反応して濡らしている・・・ 
 あの匂いは、明らかに女の分泌する愛液の匂いに間違いない!
 真梨子は、単身赴任だから欲求不満なのかも知れない・・・
 確かに以前と比べて、格段に色っぽくなり真梨子は女を感じさせるようになっていた。
 しかし見ず知らずの痴漢の悪戯に、感じてしまうような淫らなイメージは想像すら出来ない。
 秋山にとって、真梨子は旦那への貞操を守る健気な賢女で、理想の聖なる女となっていた。
 しかし本当の真梨子は、表面からは伺い知れないが、淫らな欲望を持った女なのかもしれない。
 ――ふふっ 勝手に偶像化していただけなのかもな: 真梨子だって普通の女だったって事か…

   ◆
 真梨子は後悔していた。
 痴漢をされるのを知りながら見知らぬ痴漢の言われるままの格好をして電車に乗り、逝けなかったことを不満気に思う自分がいる・・・
 ――もう二度とこんな事をしてはいけないわ それに早くこのピアスを取らなきゃ・・・

 オフィスに着いて、トイレに駆け込んだ。
 股間の汚れを丁寧に拭き取る。
 大腿にまで淫汁が付着し、何度も何度もティッシュで拭き取った。
 ティッシュが、敏感な肌に触れるたびに、電車の中の出来事が脳裏に蘇る。
 ――こんなに濡れるほど感じていたんだわ・・・

 トイレから戻ると、ちょうど出勤してきた秋山とプロジェクト室の入り口で一緒になった。
「おはようございます」
「おはよう。 羽佐間さん」

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