真梨子
羽佐間 修:作

■ 第3章 目覚め20

−ショウタ−  6月6日(月)

 翔太は階段の蔭からホームの様子を伺っていた。

 到着したばかりの電車から吐き出される乗客の中に、秋山の姿を見つけた。
 先日、落ち合った階段の方へ歩きながら、しきりに辺りを見回している。
――僕を探してる…
 秋山の真梨子への二度目の悪戯に加担すべきか翔太は迷っていた。
 真梨子との電車の中での20分間は、お互い誰にも知られたくない二人だけの秘密で、真梨子との唯一の接点だ。
 真梨子は覚えていないようだったが、こんな再会の仕方をした事は、不幸な事だと悔やんでいた。
 普通にお茶を飲んだり、映画を見たりそんな普通の時間の過ごし方を、痴漢をした男と共にしてくれるとはとても思えない。
 真梨子に対する憧れは、ますます強まり、今や四六時中、真梨子の事が頭を離れない。
そ れなのに、痴漢を咎めた男に脅されて、真梨子への悪戯の手伝いをする羽目に陥っている自分が許せなかった。
――あの男、怒るかもしれないけど、今日は止めよう…

 その時、翔太の携帯電話が鳴った。
――あいつだ…
 しかし電話は、直ぐに切れた。真梨子がホームに姿を見せたからだった。

 秋山は、真梨子を見つめ、どうするか迷っている様子だ。
 再び周りを見回した後、真梨子が並ぶ列へゆっくりと近づいていった。
――えっ!? ぼ、僕がいなくても真梨子を…  まさか… もし、そうなら…

   ◆
 真梨子は、翔太がいないことに安心した。
――2本早い電車にした甲斐があったわ。

 車内はいつもより幾分空いていたので、文庫本を取り出した。
 昨夜から読み始めていた江國香織の”きらきらひかる”だ。直ぐに小説の世界に入り込んでいた。

 日比谷を過ぎたあたりで、ヒップをまさぐる手に気づいた。
――うそ! 誰? この間の人?

 大胆に両手でお尻を無遠慮に撫でまわしてくる。
 その手は、そこにあるのを知っているかのように、スカートの生地の上からガーターのベルトを摘んで引っ張り、嬲る様にぱちんと弾いた。
――いや! この人…
 やがてその手は、躊躇なくスカートを捲り、ショーツの上から真梨子の尻肉を揉んできたのだ。
 身体をよじり逃れようとするが、その男は怯む様子もなく、クロッチ部分に指を這わせ、指で生地を割れ目に食い込ませてくる。
――やっぱりこの前の人?! やめて…
 やがてクロッチの脇から指を秘部に差し入れようとしてきた。
 真梨子が抗わないのが当たり前のように振る舞う傍若無人な態度に怒りがこみ上げ、真梨子はその手首を掴み手の甲を思い切り抓った。
――えっ、何故だ…
 予想しなかった真梨子の反応に驚いた秋山は、反射的に手を引っ込めてしまった。
 狼狽した秋山は、次の駅で逃げるように電車を降りていた。
――うっ、翔太にしか許さないのか?! くっそ〜!!

   ◆
 昼過ぎに、翔太の携帯が鳴った。
――あっ、あの人だ…
「…はい」
(おい!何故今日は来なかったんだ!?)
「……」
(何とか言えよ!)
――怒ってる?! あはっ、この人、やはり巧くいかなかったんだ…
 見つからないように注意を払い、隣の乗車口から同じ車両に乗り込み、二人の様子を伺っていたのだが、霞ヶ関駅で秋山が突然電車を降りたので、そうではないのかと推測していた。
彼が撥ね付けられた事で、真梨子は自分にだけ”悪戯”を許してくれていたのかも!?と思いたかった。
 しかし電車での”二人だけの秘密”に彼も加わった事で、エスカレートする恐れを抱いた真梨子が痴漢行為そのものにNOの反応を示した結果なのだろうと思うほうが自然だ。
 事実、今日真梨子が乗った電車は、いつもより2本早い電車だったのが、避けている証拠だ。
 そして、そのことに加担していた自分も、もはや許してはくれないだろう…
 翔太は、真梨子との密やかな楽しみを奪った秋山に無性に腹が立ってきた。

「こんな事、良くないです…」
(何言ってやがる! お前が最初にやってたんだろうが!)
「それはそうですけど、貴方だって今は同じですよ…」
(うっ…  お前…!)
 喉元まで、お前は梶部長の息子だろ!とでかかったが、危うく言葉をのみこんだ…
――明かしてどうするよ… やぶ蛇だ…
「僕の事、警察に言いたかったら、言ってください。証拠はないんだから…」
(ほう 居直ったな! 判ったよ、坊や! まぁ、お前がいなくたってあんな変態女、どうにでもなるさ じゃあなっ!)
――ふぅ… 
 電話を切ると、心臓がキドキしているのに気付いた。
 翔太は、弱みを握られていた秋山から開放された安堵感と同時に、真梨子との秘密の時間を失った寂しさを感じていた。
――変態女なんかどうにでもなるって本気なんだろうか? きっと僕に対する強がりに決まってる! あの人だってウチの大学出てそれなりの企業に勤めてるんだろうし、無茶はできないはずさ。

   ◆

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