真梨子
羽佐間 修:作

■ 第5章 オフィス・嬲7

−再び…−  7月18日(月)

 暑い日が続いていた。
 朝のTVのニュースでは関東地方にも近々梅雨明け宣言が出されるだろうと伝えていた。
 オフィスから見える朝の代々木公園は、強い日差しに木々の緑が輝いている。
 真梨子は、この窓から見る風景が好きだった。

 浩二に早く逢いたくて仕方がないのに、2週続けて週末に高倉の地方店舗の視察が入り、秋山、久美の三人で、仙台と札幌に出張する羽目になり神戸には戻れないままだった。
 毎日のように電話で話すことが出来るのがせめても慰めだったが、募る思いは益々高じていた。
 逢って話すつもりだったのだが、昨夜、プロジェクトが終わったら退職するつもりである事を話し、浩二の了解を貰った。
 暫くは家事に専念して浩二の傍にいたいという真梨子の願いは、浩二にも有難いことのようで喜んでくれたように思う。
『素直に助かるよって言えばいいのに』とへらず口をたたきそうになったが、また臍を曲げられても困ってしまう。
 真梨子にとって浩二は、心も身体も奴隷のように傅(かしず)き服従する悦びを目覚めさせられ、すべてを捧げる圧倒的な存在なのだが、逞しい大人で絶対の存在の彼が時折見せる子供のような部分が大好きで、心の中でくすくす笑う時はとても幸せな瞬間だった。
 秋からは毎日、浩二の為に家事に専念する自分の姿を思い浮かべ、嬉しくなってきた。

「真梨子さん。 私、会議室の準備してきますね」
「ええ。 ありがとう、久美ちゃん。 お願いね」
 部屋を出て行く久美の後姿は、すっかり彼女のトレードマークになったミニからスラリと伸びた細く長い脚がとても綺麗だった。

   ◆
 システムの改変に併せて行うイベントの打ち合わせでプロジェクトメンバーが集まってきた。
秘書室の課長になった横田が久しぶりに新谷 裕美を伴って来ていた。
 少し言葉を交わしたが、裕美の印象がものすごく変わっているのに真梨子は驚いた。
 キリリと男達に立ち向かっていくような印象があったのだが、髪型もショートカットだったものが少し長くフェミニンな感じに変わりやさしくたおやかなイメージを感じさせた。
 成績を競う営業職から専務秘書というサポートする仕事に変わったせいなのかなと真梨子は思えた。

 会議の始まる時間が近づいてきた。
 間もなく梶部長も来るはずで、俄かに真梨子の緊張が高まってきた。
 真梨子の股間で蠢く梶の映像を目にしてから、早2週間が過ぎていた。
 最初はあまりの衝撃にうろたえてしまったが、それ以来梶に合う機会がなかったので、かなり平静を取り戻しているように思ってる。
 考えてみると、梶は”由梨”しか知らないわけで、自分がもうhalf moonに行かない限りばれる事はないはずで、案ずる事はないと思うのだが、いざ会うとなると緊張している自分がいた。
 今更ながら真梨子は、half moonを卒業して本当によかったと思う。
ばれると、それは自分の恥でもあるが、経営する会社を上場しようとする夫にとんでもない迷惑を掛けてしまう事は間違いない。
 何よりも浩二に棄てられるのが怖かった。
 後2ヶ月ほどの赴任期間、プロジェクトを成功させ、浩二の為に家庭に入るのが自分の為にも一番幸せだと信じきっていた。

   ◆
 頭で組み立てた道理では、真梨子は、梶を恐れることはないはずだった…

 しかし、プロジェクトルームに梶が顔を出した瞬間からその存在が真梨子を畏怖させた。
 とうとう夕方に会議が終わるまで、梶の目をまともに見ることすら出来なかった。
 休憩時に出されたコーヒーを飲む時、掻き混ぜたスプーンを舐めた梶の真っ赤な舌を見た 瞬間、DVDで見た梶の顔が、真梨子の脳裏に鮮やかに蘇った。
――あああぁぁ… この男は私のあそこを間近で見て、私の愛液を美味しそうに舐めたの…
 会議の間中、心臓がドキドキして息苦しいほどだった。

 しかし会議が終わり、梶の姿が消えるとようやく落ち着いてきた。
 プロジェクトルームに戻り、昨日迄の出張のレポートを書いている。
 秋山と久美は、会議が終わった後、梶と東京支社に寄ってそのまま帰宅する予定なので、部屋には真梨子一人だった。

(ガチャ)
「おう 遅くまでご苦労さんだね、羽佐間君」
――ひっ! まさか…
「ぶ、部長… 支社に戻られたんじゃ…」
「そのつもりだったんだが、ご挨拶に伺った高倉の吉岡専務とつい話し込んでしまってね」
「そ、そうですか…」
 梶は真梨子の後ろに歩み寄り、真梨子の肩に手を置いた。
 反射的に真梨子は、ブルーの麻のワンピースの胸元をかき合わせる。
「真梨子君、まだ頑張るのかね?」
「え、ええ… 昨日までの出張のレポートを仕上げておこうと思います」
「そうか。 相変わらず真面目で確実な仕事振りだね。 さすが、羽佐間さんだ!」
「い、いえ… あ、ありがとうございます…」
「今夜はもう切り上げて食事に付き合ってくれないかね? 週末も出張させてしまって心苦しく思っていたんだよ。 ほんの罪滅ぼしだよ」
「そ、そんな気を遣わないでください、梶部長… 仕事ですから…」

「まあ、そう言うな。 今日は付き合ってくれ。 そのレポートは明日でいいから。 なっ、真梨子君!」
「え、は、はい… 」
「ははっ。 上司の機嫌取りも仕事だと思って付き合ってくれ」
「あっ、はい。 い、いえ… じゃ、ご馳走になります」
――最悪… 梶部長と二人きりで食事なんて…
「さあ、帰り支度をしなさい」
「はい…」

   ◆

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