SMごっこ
二次元世界の調教師:作

■ 2

 あまり考えられないが、万一翔が本当にいい点数を取っていたら、とも私は考える。そしたらあいつは大喜びだろう。それはそれで悪くない。翔に良い点を取らせるのがこの賭けの目的なのだから。何でも言う事を聞いたげると言ったけど、欲しがってたCDでもねだって来るだろうか。ちょっと高校生の私には痛い出費になりそうだが……まあそんな事になったらこっそり母さんに報告してお金をもらう事にするか。そんな事をとりとめもなく考えながら、私は答案用紙を持って自分の部屋を出るとリビングに向かって行った。

 いつもはグズの翔が、ニコニコしながら答案用紙を持って待っている。よほど自分なりに自信があるのだろう。そして見比べてみると、驚いた事に翔はほとんどの教科で私とほぼ同じ点を取っていたのである。ハンディもあるからこいつの圧勝だ。やったー、とガキのように大喜びする翔に、くっそー、何てこった、と悔しがって見せた私も、本心を言えば嬉しかった。

「ね、ね、僕の勝ちだよ!」
「ああ、そうだな。
 驚いたよ。
 やれば出来るんじゃないか。」
「ぼ、僕、めぐ姉が何でもしてくれると思って、必死で勉強したから。」

 う。翔がそう言った時私の方をじっと見つめた視線に妙な気配を感じた私は、なぜかドキッとしてしまった。何の取り柄もない翔だけど、中学に入った頃から背がニョキニョキと伸びて、今では私の方が見下ろされるようなノッポである。やせぎすなのは変わりないが、顔立ちは美形と言っても良い。ちょっとナヨナヨしてるが、女の子にしたらいいくらいの整った外見なのだ。親からよく、翔と恵美は反対だったら良かったのに、と言われるのだが、男勝りで無骨な私より悔しいけどよっぽどキレイだと思う。

「何が欲しいんだ、言って見ろ!」

 そんな翔が妙に粘っこい視線を送って来たような気がして、私は妙な胸騒ぎを覚え、あえて怒鳴るような大声でそう言っていた。もしかすると翔は、私が考えていたような事じゃなくて、とんでもない要求をしてくるつもりなのだろうか? そして、その胸騒ぎは正しく、翔は信じられない言葉を口にしたのだった。

「あのさ、絶対に怒らないと約束して欲しいんだけど……」
「ああ、約束してやる。
 欲しいものを何でも言え。」
「いや、別に欲しい物があるわけじゃなくて……」

 相変わらず煮え切らないヤツだ。

「いいから言え!」
「あのさ、めぐ姉、えすえむって知ってる?」
「何いっっ!!」
「うがあっっっ!!!」

 しまった。つい蹴りを入れてしまった。それも手加減せずに思い切り。咄嗟の事で金蹴りではなかったのが不幸中の幸いと言えたが、モロに下肢に蹴りが入ってしまった翔は、もんどり打って倒れるとその痛さにシクシク泣いていた。

「し、翔、大丈夫か?
 骨折してないか、立ってみろ。」

 情けないヤツだなと思いながら、私は思わず翔に駆け寄り、本気で心配して言った。が、実際には翔はちゃんと立つ事が出来たし、ケガをさせたわけではない事がわかって私は少し安心した。

「ひどいよ、めぐ姉……」
「ああ、悪かった、謝るよ、マジで。
 だけど、お前とんでもない事言っただろ?」
「絶対に怒らないって約束したじゃないか!
 こんなんなら僕、毎晩徹夜なんかするんじゃなかったよ……」

 う〜ん、私より遅くまで勉強してるなとは思ったが、そこまで必死だったとは思いもしなかった。私はついこの出来の悪い弟に同情してしまいそうになったが、やはり物事には節度と言うものがある。何でもいいと言ったって、「SM」なんて絶対に口にすべき言葉ではない。

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