モンスター
二次元世界の調教師:作
■ 3
「先生、ひとみが入れたお茶だよ。
飲んでみて」
気恥ずかしそうな背伸びした表情と、ガキっぽい言葉のアンバランスさが実に危うい。さらに母親の言葉も、俺の獣性に火を付けるようなものだった。
「もうこの子ったら、先生が来られると知ってから急に元気になって」
「へえ、このお茶、ひとみちゃんが入れたんだ。
それじゃ、頂きます」
俺はこの時、ひとみちゃんが1人前しかお茶を入れて来なかった不自然さにまるで気付かず、バカみたいにゴクゴクとやや熱めのお茶を一気に飲み干してしまった。嬉しそうな顔をしたひとみちゃんをチラ見して、その幼い表情の奧に隠された小悪魔の思惑にも気付かず、いい乳してるな、なんて教師にあるまじきことを考えていた俺は、やはりそれだけの報いを受けるのに相応しい人間だったのだろう。が、たとえどんなことが待ち受けていたとしても、大人ぶってお客様にお茶を出すという行為にチャレンジしたかわいい教え子の出すお茶を、飲めないはずがないではないか。
「ひとみちゃんは、どうして学校に来たくないの?」
「えっとね、せんせーが……」
そこでモゴモゴと口ごもってしまい、どうしようかと言いたげな表情で、母親に上目で視線を送るひとみちゃん。えっ、俺に何か原因があるのか?
「これ、ひとみ!
申し訳ございません、せっかく先生に来て頂いたと言うのに……」
ここでもなお、俺に対する邪心を隠し通した母親久美子さんは、真菜の言った「くわせもの」という形容がピッタリの名演技者だった。そうとも知らず、俺はどんどん自ら転落への道を歩んで行く。
「ねえ、ひとみちゃん、先生に何か問題があるのかな?」
なぜか赤くなってモジモジし、何も話してくれなくなったひとみちゃんに、俺は困ってしまった。そしてここからいよいよ母親が化けの皮を脱いで「モンスター」ぶりを発揮して来たのである。
「あのう、先生。
ひとみは先生のことが大好きなんですよ。
失礼ですが、いつも家では、モンスター、モンスターって、先生のお噂をしておりますの」
そう。相撲取りみたいな巨漢で、いかつい顔の俺に、子供達が付けたあだ名は「モンスター」。性格が暗い上にこんな外見で、特に女性にはあからさまに敬遠されて来た俺だが、小学生には大人気で、もしかするとこの仕事は天職なのかな、などと愚かなことを考えていたくらいだ。
「ですが先生。
1つお伺いしたいのですが、先生は女のお子さんに変な興味をお持ちなのではありませんか?」
「い、いえ、決してそのようなことは、ありません……」
これはいくらなんでもぶしつけだ。確かに今ひとみちゃんのあられもない露出過多な格好にクラッと来ているが、学校でそんな気持ちになったことは一度もないと誓って良い。が、やはり「モンスター」らしく母親はとんでもない言い掛かりをつけて来た。
「ひとみが、この前、逆上がりの練習の時先生に下着を見られたと言って、泣きながら帰って来たのですが。
一体これは、どういうことでしょうか?」
「ひとみちゃん!」
「せんせーが、ひとみのぱんつ、見たの……」
膨れたように頬を尖らせてボソッと呟くひとみちゃん。ちょっと待った! 何てこと言い出すんだ、コイツは。俺は慌てて、まだ鮮明な逆上がりの練習の記憶を辿る。確かにあの時、スカートをはいていた女子は見えてもいいように何か色の付いたものを着用していたのに、ひとみちゃんだけは生の白パンツだったのだ。でも彼女は全然気にしない様子でケロッとしていたし、逆上がりの練習をすることはわかっていたのだから、今さらそんなことを言われても困る。ハッキリ言って自業自得ではないか。
「あれからひとみは学校に行きたくないと言うんです。
これはセクハラではないでしょうか。
先生がどういうおつもりなのか、気持ちを聞かせて頂けませんか?」
「そ、それはですね、全くの誤解です。
僕は決してそんなつもりは……」
「でもひとみは先生にパンツを見られたんです!
そして学校に行きたくないって言ってるんですよ。
先生、一体どうして下さるおつもりですか?」
「僕にどうしろって言うんですか!」
しまった。つい喧嘩腰になってしまった。穏便に話を治めろという校長の言葉が頭に浮かんだが、もう手遅れだった。
「人の娘にイヤラシイことをしでかして、開き直るおつもりですか、先生。
いいお話にならないのでしたら、こちらにも考えがございます。
教育委員会に……」
「待って下さい!
ひとみちゃんの下着を見てしまったことは本当に悪かったと思っています。
謝りますから……」
理不尽だと思ったが、ここで事を荒立てるわけにはいかない。女児のスカートの中を盗撮したおかげで懲戒免職になった先生が、近くの小学校にいたはずだ。そこまではいかないかも知れないが、親がヘソを曲げて教育委員会にねじ込まれたら、このご時勢、俺の立場も非常にヤバイことに成りかねない。真菜との結婚話もおじゃんになるだろう。ここは低姿勢で耐えるしかないと、俺は判断した。
「今さら謝られましても、ひとみの不登校はどうなるんですか、先生」
「そ、それは、何とか……」
しどろもどろになった俺に、ひとみちゃんが天使のような声で話し掛けて来た。
「先生が言うことを聞いてくれたら、ひとみ学校に行ってもいいよ」
「ホントかい、ひとみちゃん!」
「うん」
う。どうしたのだろう。本当にひとみちゃんが天使のように見えて来たかと思ったら、猛烈に目蓋が重くなって来た。そして天使のはずのひとみちゃんが、悪魔のような言葉を吐く。
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