走狗
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■ 第1章 出来事19

 8本目の途中まで見た俺は、激しい嘔吐感を憶えトイレに走った。
 便器を抱きかかえ、便座とお友達になりながら、人は此処まで残酷になれるものかと思った。
 いや…此処まで残酷になっても、構わないのだ…と知った。
 俺の中の狂気が、水を与えられ、今芽吹きだした。
 俺は、吐瀉物を流し、口を濯いでパソコンの前に戻る。
 俺の腹は決まった。
 いや…決まっていたのかも知れないが、それは鉛のように、重く固く存在を主張し出した。
 こいつら全員を見つけ出し、その報復を必ず与えてやる…と。

 涼子が帰って来た時、いきなりその手を掴んで、男の一人が部屋に引き入れる。
 涼子は、体勢を崩しながらも、腕を掴んだ男を投げ飛ばした。
『貴方達は何?誰なの?…他人の家で何をしてるの…おかしな面を外しなさい!』
 涼子の燐とした声がリビングに響き、陵辱者達を圧倒する。
 しかし、カメラの女はそんな声にも一切動ぜず、言葉を発する。
『私達は、貴女の御主人様になるの。貴女は、私達の前に這いつくばって、オモチャに成る存在…。お解り?』
 両手を肩の横に広げ、ヒラヒラとさせ、涼子を嘲笑うカメラの女。

 顔を真っ赤にし、カメラの女に飛びかかろうとする涼子を手で制し、右隅の大柄な男を指差す。
 涼子は、その仕草に、眉根を寄せながら男を見る。
 大柄な男は、フッと笑うと立ち上がり、香織に掛けたシーツをはぐる。
『香織ちゃん!』
 当然のように驚く涼子。
 哄笑する、カメラの女。
『動かないでねー。私達も乱暴するのは、本意ではないし…ちゃんと話を聞けば、見通しは出来るかもよ?』
 そう言いながら、お面の女が涼子の後ろから、腕を掴んで来る。
 一瞬振り払おうとした涼子だが、香織の悲鳴を聞いて、動きを止める。

 涼子は、この時が最初で最後のチャンスだった事を知らずにいた。
 涼子は、仮面の女に手錠を後ろ手に嵌められ、最後のチャンスを棒に振った。
 カメラの女が、自由を奪われた涼子に話し始める。
 それは、狂人が自分の都合で話す、命令以外の何物でもなかった。
『私達が貴女に望むのは、私達に服従すること…当然貴女は、拒否することが出来るわ。でも、その時は私達は自分の持っているオモチャを壊す…。そう、徹底的にね。もちろん、貴女は警察やその他に、助けを求めることも出来るけど、そうしたら私達は貴女の前から消えて、オモチャを壊し続ける』
 カメラの女は、香織の部屋のノートパソコンを持って来させ、スイッチを入れる。
 電源が入り、パソコンを起動させると、ネットに繋いで映像を映し出す。
『こんな風に、何時でも何処でも、貴女は確認できるわ。装置は、幾らでも有るからね』
 そう言ってリビングの映像を映している。

 驚愕する涼子は、カメラの位置を咄嗟に割り出し、睨み付ける。
『そんな事をしても、何の解決にも成らない…。貴女の返事次第で、あのオモチャは貴女の前から一生涯消える。でも、壊れてゆく姿は、ずっと配信してあげるね。肉の塊に成って行く妹を見て、生涯後悔して』
 涙を流し、うー、うーとうなる香織を見る涼子。
 返事も待たずに立ち上がる、カメラの女に狼狽える。
 この時点で涼子に、交渉の余地はなかった。
『ま、待って!私は返事をしてないわ…。貴女達の言うことを聞けば、香織ちゃんに酷い事をしないのね…』
 涼子は、悪魔の差し出した、手を握ってしまった。
 後は、坂道を下り落ちて行くだけだと、気付かずに契約書を握りしめた。
『それは解らないわ…。私達は自分の気を晴らすために、オモチャで遊ぶの…。ただ、貴女が身代わりに成れば、少しは軽くなるかもね』
 カメラの女の言葉に怒りを顕わにして、涼子が抗議する。
『そんな!それじゃ何も変わらないじゃないの!香織ちゃんを解放しなさい』
 涼子の怒りを涼しげに受け流し、カメラの女は大柄な男に顎で指示する。
 大柄な男は、俺ですら許されなかった、リビングでの喫煙をし、あまつさえその火を香織の縫い止められた舌で消した。
『がぁーーぎゃーー』
 香織の悲鳴に驚愕し、振り返る涼子。
『貴女は、何か勘違いしてない?あれの所有権は、私達の物なの…。それを、何の対価もなく差し出せって都合良くない?』
 カメラの女の言葉に、涼子の思考は崩されていった。

 そして、涼子は言ってはいけない言葉を、口にする。
『何でも好きにすれば、良いわよ!貴女達の言う通りするわ』
 答えを聞いて、カメラの女は手錠の鍵を、涼子の前に放り投げる。
 驚く涼子に、冷水を浴びせるようなカメラの女の言葉。
『誰が好きこのんで、年増を嬲るのよ…立場を理解しない馬鹿は、相手に出来ないわ…行くわよ』
 大柄な男がバールを持って、香織に近づき舌に刺さったクギを引き抜く。
『これでお前は、人知れず壊れて行って、何処かで廃棄処分になる。1年先か2年先の話しだ…それまで楽しませて貰うか…』
 そう言って香織の髪の毛を掴み、引き摺って行く。
『待って!お願い待って下さい!私に身代わりをさせて下さい!お願い何でもします!だから、香織ちゃんを連れて行かないで!』
 涼子は悪魔達の手に落ちて行った。
 これから、自分の身に起こる…いや、自分達の身に起こる陵辱の日々が、どう言う物なのか想像も出来ず。
『ふ〜ん…。オモチャの身代わりをさせて…。何でもするって言うのは…。それは、オモチャに成るって解釈しても良いのね…』
 カメラの女が涼子に向き直り問い質してくる。
『成る!成りますから…香織ちゃんを許してあげて!お願いよ…』
 涼子は、不自由な手のまま、カメラの女に縋り付く。

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