走狗
MIN:作

■ 第2章 猟(かり)2

 そこには、有りとあらゆる、拷問道具や器具が並べられている。
「ここに有る物は、何をお使いに成られても、構いません。使い方が解らなければ、道具には全てナンバーが刻まれておりますので、奥にあるコンピュータで検索可能です」
 丁寧に説明すると、パソコンを指し示していた手を、奥に向ける。
「最後の鍵は、この先の牢の鍵となります。ご不明な点はお有りでしょうか?無ければ、次に進みますが…」
 俺は、手近に有る器具のナンバーを見た[No.5733]と書かれている。
 こんな何に使うか解らない器械が、6千近くも存在するのかと、頭を抱えそうになった。
 俺は、由木について行き、次の説明を受ける。
 由木は、奥まった場所の扉を開いて、俺を中に入れた。

 そこには、色々な機材が並べてある。
「ここに有る物は、概ね拉致を行うために必要な工具や備品が納められております。建物や状況を先程のコンピューターに打ち込めば、何が必要か判断し、映し出されるように成っております」
 誠に持って親切丁寧、至れり尽くせりと言う奴だ。
「次は、こちらに成ります」
 そう言いながら、由木は俺を鉄扉の前に招き入れた。
「此処は、コントロールルームになりまして。この敷地内に有る、全ての機能を制御します。勿論、監視カメラなどの機能を備えておりますし、その他のセキュリティーも完璧です。使い方も、このコンピューターが教えてくれますので、後ほど…」
 そこまで言うと、由木は一歩間合いを外し、言葉を続ける。
「あと、駐車場に車が3台置いて有ります。大型の貨物車が一台と、ワンボックス、乗用車をそれぞれ1台ずつです。乗用車を都内にお持ちしておきますので、ご使用下さい。呉々も、この件に他者を関与させないで下さい。我々も、本意では無いと、お願いしました…」
 俺は、今の由木の最後に言った一言で、興信所の所長と偽造屋の死亡を理解した。
 今の俺には、さして心を動かす事件では、無かった。
 俺は、片手を上げて[注意するよ]と一言、言っただけだった。

 俺達は、そのまま上に移動して、玄関ホールに戻る。
「ご不明な点や、ご要望の品が御座いましたら、下のコンピュータから私にメールをお送り下さい。迅速に対処させていただきます」
 由木は、頭を深々と下げ、気配を消して行く。
 そんな由木に、俺は質問をした。
「なあ…。何で俺に手を貸すんだ…?あんなメールを送り付けてきたのも、あんた達だろ…。という事は、お前達も、俺のマトになるって事だよな…」
 俺は、身の内に圧力を溜めながら、由木に飛びかかる準備をした。
 由木は意にも介さず、俺の圧力を受け流しながら
「今は、時期では御座いません。せめて全員がお揃いしたら、お話させていただくと致しましょう。それに、わたくしの口から出た言葉が真実であると、どうして証明出来るでしょう。全ては、あなた様が集め、判断される事では御座いませんか」
 初めてニヤリと口の端を歪め、感情を表せた由木。

 俺は、尤もな意見に身体の緊張を解いて、由木を見詰める。
 由木は、改めて一礼すると、踵を返して奥に消えていった。
 俺は、地下に降り、パソコンに三浦正二の拉致について問い掛けた。
 パソコンは、俺の質問にデータ不足を訴える。
 俺は、不足したデータを埋めるために、その項目を書き写した。
 都内に戻り、俺は不足データを埋めるための調査を開始した。

 調査は、思いの外早く進んだ。
 近所の噂好きの小母さん連中に、聞いたらほぼ9割の情報を貰えた。
 どうやら三浦正二と伊藤泰介は、近くの工場で働き、両名とも今度、結婚をするらしい。
 昔グレていたが、2年前から真面目に働きだしたと言う事だった。
(俺の家族を殺しておいて。自分は、罪を償おうともせず、結婚だと…。ふざけた事を言いやがる…)
 俺は、沸き上がる不快感に、全身を灼かれる思いだった。
 三浦正二と伊藤泰介の家族拉致は、同じ日に行わなければならない。
 そして、同時に2人の婚約者も同様だった。
 一挙に11人の拉致だった、三浦家5人、伊藤家4人それに両婚約者。

 俺は、パソコンに全てのデータを入力した。
 パソコンは、その拉致を可能と判断し、その方法を弾き出した。
 先ず三浦家に忍び込み、睡眠ガスのボンベを設置する。
 これは、平日の日中なら裏口から侵入し、可能な事をパソコンが示唆する。
 家の規模から言って、2階の各部屋、1階のリビングと親の寝室の計5本で事足りる。
 次に火曜日の夜に集まる、三浦正二と伊藤泰介、そしてその両婚約者が居る時にそれを破裂させ、拉致を始める。
 同様の方法で、伊藤泰介の家族も拉致が可能だった。

 早速、準備に取り掛かり、下調整は上手く行った、後は決行の日を待つばかりだ。
 火曜日の夕方、この前と同じように、4人はワンボックスに乗って戻って来た。
 三浦正二の婚約者、三河千恵と伊藤泰介の婚約者、佐藤和美の両名も、三浦家に宿泊しに来た。
 どうやら三浦正二の父親がこの状態を好ましく思っているらしい。
 三浦正二の父正輔は、トラックの運転手をしていて、今も現役のドライバーらしい。
 母親の絵美は、近所のスーパーでパートをしている。
 どちらも45歳で、働き盛りのようだ。
 正二には兄の正一が居り、これは生まれた時から知能障害を持っている。
 そして、最後の一人は、妹の千佳、高校2年生だ、しかも香織と同じ高校だった。

 時計を見る。
 現在23:25、まだ談笑は終わらない、少し離れた路地に止めてある大型車が気になったが、俺はもう少し待つ事にした。
 2階の部屋の電気が点き、暫くすると豆球に変わる。
 あの位置は、妹の部屋だった。
 そして、数分後リビングの電気が消え、2階の電気が点く。
 俺は、リモコンのスイッチを押すと、家から離れトラックに向かった。
 裏口にトラックを止め、ピッキングツールで勝手口を開けて、家の中に侵入する。
 そのまま台車を使って、全員を台所に集め、トラックに乗せる。
 父親の正輔は、体重150sを越える巨漢だったため、台車に乗せて運んだ。

 全員を乗せたトラックは、静かに三浦家を離れる。
 時間を確認すると00:07だった。
 俺は、順調に進む計画に、ニヤリと笑い、車を伊藤家に向ける。
 伊藤家に着いた俺は、夜の遅い、この家の家族構成を思い描いた。
 伊藤家は、マンションの2階にあり、母親の響子41歳、姉の美登里23歳、弟の啓介19歳の4人住まいだ。
 母親が雇われている、小さなスナックで皆働いている。
 泰介とは、時間が逆転するため、良く正二の家に世話になっているらしい。

 03:40遅い帰宅をする3人の男女は、酒に酔った足取りで、マンションに戻る。
 俺は、3人が部屋に入ったのを確認すると、リモコンのスイッチを押した。
 数分後、通路の電気を消して、俺は非常階段から2階に上がり、部屋の鍵を開け侵入する。
 玄関先に弟、その少し奥に姉、そしてソファーに母親が眠るのを確認し、俺は用意した袋に詰め込んで、ベランダから滑車で降ろす。
 3人を降ろし終えると、俺は荷物を撤収し、2階のベランダから飛び降り、袋詰めの獲物を車に乗せる。
 04:10二家族を拉致し、俺は車を洋館に向ける。
 途中車を止め、横の会社名とナンバープレートの交換は、忘れない。
 夜が白み始めた頃、トラックは洋館の扉の前に止まった。

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