走狗
MIN:作

■ 第2章 猟(かり)5

 準備が終わると、俺はコントロールルームに戻る。
 今、地下室の室温は5℃を示している。
 まだ、衣服は着せたままで居るが、薄手のパジャマを着ているだけでは、かなり応える温度だ。
 そして、陵辱映像が、監禁された者の心を蝕んで行く。
 俺は、その事をアメリカ研修で学んだ。
 そう連邦捜査局、通称FBIで…。

 次は、西川家のファイルを開く。
 対象は、西川優葉20歳、姉乙葉25歳と池袋で女王様をしている。
 父親は、守48歳、普通の会社員、母親悦子47歳、コンビニでパートをしている。
 弟は、全一16歳、結構な進学校に通っている。
 優葉と乙葉は、同じマンションに住んでいるが、父母と弟は、郊外で結構な大きさの一戸建てに住んでいる。
 こいつら五人は、共通の趣味があり、そこを突けば、割と簡単に行きそうだ。
 五人の共通の趣味、温泉旅行…、年寄りの集まりか…。

 俺は、計画を打ち込み、パソコンに質問した。
 帰ってくる解答は、予想通り[可能]だった。
 俺は、早速、西川邸に送るパンフレットと、企画書のダミーを作成する。
 後は、由木に頼んで、それらしい会社名でチケットを偽造し、送りつければ完成だ。
 俺は、ファイルを作るとメモリースティックに入れ、外のパソコンからメールで依頼する。
 数分経つと由木から[承りました]と返事が来た。
 これで、西川家から返事が来れば、自動的に拉致は完了する。

 俺は、時計を見る。
 11:30を少し回っていた。
 今から急げば、安曇野家への下工作が間に合うだろう。
 俺は、ワンボックスに乗り、都内へ引き返す。
 ワンボックスの横には、[上野電設]と書かれたステッカーが貼って有る。
 下準備で狙うのは、安曇野家の空調ダクトと無停電装置だ。
 俺はそのまま、安曇野興業ビルに車を回した。

 ニコニコと微笑む受付の女に、来店の用件を告げる。
「すいませーん…、上野電設なんですが。メーカーのリコール修理に参りました」
 受付の女は、そんな話を聞いてないと、組事務所に問い合わせをする。
 暫く受け答えした女は、ブツブツと文句を言いながら、電話を切り、顎をしゃくって[上行って]と言った。
 全く、受付の女ですら態度が悪い、もう少しましなのを使えと、俺は腹の中で悪態を付く。
 組事務所に上がった俺は、扉を開いて米つきバッタのように頭を下げる。
 事務所の中には、10人程の人相の悪い男がたむろしている。
 正面の椅子に、ファイルにあった男が座っている。

 若頭の朝田忠雄だ、渋い顔をしながら書類に目を通し、テキパキと他の者に指示を出している。
「あんちゃん、ボーとしてないでこっちだぜ」
 若い衆が、俺を奥の通路に案内する。
 通路は、狭い上に曲がり角が多い。
 襲撃に備えて、わざとそう言う構造にしているのだろう。
 俺は、5階にある変電室に入り、無停電装置の制御部分に、ダミー信号を送る機械を取り付ける。
 後は、それらしく作業し、屋上へ向かう。
 吸気ダクトを覗き込み、中に充分な量の催眠ガスを仕掛ける。
 仕掛けを終えて、組事務所の入り口で、にこやかに引きつった笑顔を見せ、頭を下げて脱兎のように事務所を後にする。
 俺が出て行った後、事務所からは大声で笑う声がした。
 笑っていられるのも、今の内だ…。

 俺は、自宅に戻り、留守電をチェックする。
 電話は2件、どちらも課長からだった。
 1時間前と2時間前に、課長から所在を確認する電話があった。
 俺は、即座に自宅の電話から、課長の携帯に電話を入れる。
「あっ、課長どうしたんですか?」
 俺の声を聞いて、課長は不機嫌になり
『どうしたもこうしたも無い!お前は謹慎中だろ!何処ほっつき歩いてる!』
 俺の留守を勘ぐり、怒鳴りつけてくる。
「すいません…。昼飯を食いに行ってたもので…」
 俺の良い訳に
『2時間以上もか!お前がそうやって、勝手な事をするなら、俺も容赦はしない…。まだ、暫く頭を冷やすんだな』
 課長は、そう言って電話を切った。
 都合の良い事に、俺の自由時間が思わぬ形で出来た。

 俺は、自宅の電話を転送モードに変え、携帯のIDチップを入れ替える。
 携帯を操作して緊急呼び出し用の、官品携帯に掛ける。
 携帯の受信表示は、自宅に成っている。
 これで、偽装工作は完了だ。
 後は、実際訪問された時の対処だが、俺は暫く考え一人で声を張り上げた。
「由木…。俺が留守の間のフォローを頼む、これは基本事項だろ…」
 パソコンの電源を入れ、暫く待つとメールが入った。
 由木からだ[承りました]の一言だった。
 やっぱり盗聴器が仕掛けられている。
 多分今度のは、普通に探しても見つからないだろう。
 俺は、気にする事を止めた。
 いや由木との連絡用に、大いに利用するつもりだ。

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