走狗
MIN:作

■ 第2章 猟(かり)9

 現在23:00。
 俺は、渋谷センター街に居る。
 大型貨物車の運転席に座り、斜め前にいる健太郎のガードを、どうするか考えている最中だ。
 もう一人は、健太郎が入った店の、斜め前のコンビニに居る。
 健太郎が店に入って1時間半。
 習性的に、そろそろ河岸を変える時間だが…。
 この道は、人通りも多い、拉致には不向きだなどと、思案していると、目の前に居た男が脇道に逸れた。
 どうやら、冷えて尿意を催したようだ。
 俺は、直ぐさま車を前進させ、路地の前を塞ぎ、運転席から男の側頭部を麻酔銃で撃ち抜いた。
 男は、声も上げず、ゴミの山に倒れ込んだ。
 俺は、ワイヤーを引き戻し、注射弾を回収した。
 まったくこんな物、国内で使うとは思わなかった。
 しかし、ガードが1人減ったお陰で、この後が少しやり易くなった。
 そのまま運転席を降りると、俺は前を歩くもう一人のガードに近づく。
 道を聞く振りをして銃を突きつけ、近くの路地に誘い込み、容赦なく引き金を引く。
 近くに有ったゴミで、昏倒した身体を隠し、俺は路地を突き抜け、後顧の憂い無く健太郎の拉致に回る。

 建物をぐるりと回った時、目の前に健太郎が居た。
 俺は、素知らぬ顔で歩いて行き、健太郎に、にこやかに話しかける。
「おお久しぶりじゃん…、健太郎だろ…。俺、俺。憶えてない?…」
 そう言いながら、健太郎がちらりと後ろを確認した時に間合いを詰めて
「動くな…。そのまま連れの振りをしろ」
 小さく耳元に囁いた。
 健太郎は、顔を引き攣らせて頷く。
(馬鹿!そんな顔するな…、こいつヤクザの息子だろ…)
 全く肝の据わらない健太郎に、俺は少し苛立った。
 車まで連れて行き、助手席に乗った時点で、太股に麻酔銃を撃つ。
 助手席の扉を閉め、俺は運転席に周り、車を発進させる。

 そのまま、安曇野興行へ向かい、付近の路地に止めると、健太郎の携帯から電話を入れる。
「もしもし安曇野さん?あのさーお宅の僕ちゃん、預かったんだけど…。今度の取引降りてくん無い?」
 俺は、データにあった武器取引の競合相手を装い、組長である栄蔵に、直に電話を掛けた。
『お前誰だ!健太郎をどうした!』
 栄蔵が電話に怒鳴りかける。
「俺?誰でも良いじゃん…。取り敢えず一人で足りないなら、次も狙うよ…。生きてる内に条件聞いて欲しいな…」
 俺はそう言うと、健太郎の携帯のバッテリーを外し、IDチップを抜いた。
 種は撒いた、俺はトラックで、安曇野興行の受付カウンターに仕掛けた、監視カメラの映像を見ながら、待つ事にした。
 連絡を受け、次々に組員が集まってくる。
 10人、20人、30人、若頭の朝田が千春を連れて登場した、これで組員33名。
 後は、夏恵と秋美のガードが4名、志緒理のガード2名、それに健太郎のガード2名、常駐5名…数は合う。
 志緒理がガードと現れた数分後、夏恵と秋美が到着し、ガードも含め全ての関係者が建物に入った。

 俺は、頃合いを見計らって計画を開始する。
 先ず吸気ダクトに仕掛けた、催眠ガスを破裂させた。
 次に無停電装置にダミーの信号を送り、作動しないようにする。
 その後、数分待ってガスを充満させてから、ブレーカーをダウンさせ正面から侵入する。
 受付のカウンターから監視カメラを回収し、階段を上がり組事務所へ、更に上階へ上がり、6階でターゲットの朝田と秋美を見つける。
 続いて、7階で夏恵を見つけ、8階で栄蔵、志緒理、千春を見つけた。
 全員を袋に詰め、裏の路地へ屋上から滑車で降ろし、催眠ガスのボンベを回収して、ダミー信号の発信器を自壊させる。
 裏手に止めたトラックの荷台に、6人を載せ発車する。
 計画開始から回収までの所要時間は30分に満たない、俺にとっても実に鮮やかな手並みだった。
 そして俺は、車を洋館に向けて走らせた。

 玄関についた時、時間は03:00を少し回ったところだった。
 俺は、7人を袋から出すと、車から牢に移し、それぞれに首輪を着ける。
 そして健太郎は、正二や泰介と同じ檻にぶち込む。
 牢の中は、一瞬新しい住人に騒然としたが、俺の一睨みで静まった。
 俺は、ちらりと千恵と和美を見ると、両方とも放心状態でモニターを見詰めていた。
 両方とも、調教のショックを受けているように見えるが、実は違う。
 先程食べた食事の中には、サモタビール系の強暗示誘導剤を混入していた。
 そして、2人の耳の奥には、骨伝導のマイクスピーカーを嵌め、暗示を送りながら、2人の反応もモニターしている。

 俺が獲物を猟に行ってる最中、この2人には、奴隷としてのルールと心構えを、映像を見て学ぶ暗示を与た。
 2人は、ブツブツと暗示の言葉を繰り返し、自分の記憶野に、映像と共に暗示を焼き付けて行く。
 薬は、明日の朝まで効果が持続する。
 朝まで凌辱映像を見続けた、こいつらの反応は見物だ。
 この2人には、アシスタントとして、俺のために働いて貰う。
 俺は、薄く笑って踵を返し、1階へ向かう。
 流石に眠い、丸2日間ほぼ眠らずに動いたせいだろう。
 ベッドルームに入り、俺は泥のように眠った。

 気怠い朝の目覚め、俺は思わぬ闖入者のモーニングコールで目が覚めた。
 ベッドから3m離れた場所で、コーヒーポットを片手に、小脇に新聞を抱え、左手にはナプキンまで持っている。
 そして、俺に向かっていつもの馬鹿丁寧な言い回しで
「お早うございます、叶様…。そろそろ、お目覚めの時間では?」
 頭を深々と下げながら、わざわざ起こしに来た。
 俺は、余りハッキリしない頭を掻きながら、由木に質問した。
「でっ…今日はどんなクレームがあったんだ?俺は、昨日の夜もスムーズに仕事を済ませたぜ…」
 俺の質問に由木は
「いえいえ…。わたくしどもは、再三注意を行って参りましたが。今少し、ご理解が頂けないと感じ、馳せ参じました。付きましては、これを…」
 言いながら脇に抱えた、新聞を差し出してきた。
 俺は、差し出された新聞の、丁寧に赤く囲っている記事を読んだ。

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