走狗
MIN:作

■ 第2章 猟(かり)10

 [主婦2名ひき逃げ]と[安曇野興行壊滅、組員全員死亡]の見出し。
 俺は頭を抱えた、由木は俺が接触した人間、全てを始末しなければ、気が済まないらしい。
「私どもは、何度も言って参りました…。呉々も今回の件で、外部との接触はお控え下さい…と」
 由木には確かに言われた、しかし新聞の記事では、隣の民家にまで死人が出ている。
「だけど、民間人を巻き込んだら、警察も黙ってないぜ…」
 俺の言葉に由木は、静かに首を振り
「本来なら、一般の方にご迷惑は、掛かりません…。貴男のお顔を見ていなければ、通常この方達は死なずに済んだのです…」
 俺の不始末が招いた事と、責めるような言い方だった。
「貴男は、何故に素顔を晒されるのですか?素顔さえ晒さなければ、この両隣の家族も、この組員達も、この様に一面を賑わせる事は無かった筈です」
 俺は、由木の指摘に愕然とした。
 確かに俺は、変装を一切せず、素顔で歩き回っている。

 俺は、由木に思わず謝っていた[すみません]と素直に…
 すると、由木は項垂れている俺に、微かに笑みを含んだ声で言葉を投げ掛け、去って行った。
「殺さずを貫くならば、秘密裏に動く事。秘密裏に動く時は、己の全てを隠す…。これは、基本です」
 俺は、その言葉を聞き、顔を上げた時には、由木は居なく成っていた。
 窓際のサイドテーブルに、湯気を上げるコーヒーポットとその下に敷かれるナプキンだけが、由木がそこに居た事を示している。
 しかし、俺は由木の去り際の言葉がとても気に成った。
 そう、俺の失踪した親父と同じ台詞。
 俺は、自分が、深い霧の中に居るような気がした。
 だが、これだけは解る…。
 いや、これだけしか解らない。
 何かが、俺の周りで動いている、それの始まりは何処かは解らないが、間違いなく由木は知っている。
 俺は、自分の惚けた頭を張り倒し、自分に気合いを入れる。
 当初の目的を、完遂するために。

 俺は、由木の持って来たコーヒーを、ブラックで胃袋に納めて地下に降りる。
 取り敢えずコントロールルームに入ると、ヤクザが、ヤクザらしく振る舞っていた。
 モニターを見ると、何度か試したのか、鉄格子には触れようとせず、辺り構わず怒鳴って居た。
 俺は、千恵と和美に悪影響が出るのを恐れ、早々にこいつらを何とかする事にした。
 と言うか、由木に煙に巻かれた鬱憤を、晴らすつもりで居る。
 コントロールルームを出ると、そのまま牢に入る。
 牢に入ると直ぐに、安曇野の房の鍵を開けた。
 さっきまで怒鳴り散らしていた朝田が、訝しむような表情で俺を見る。
 俺は、構わず朝田を手招きして、出て来いと無言で合図した。
 朝田は、うっすらと微笑みを浮かべながら、鉄格子を潜り、通路に出て来て構えを取った。
 挙動から俺は、朝田が体格も有る、相当のやり手だと理解していた。

 構えはボクシングスタイルだが、手の位置が高く、後ろに体重が掛かり過ぎている。
(こいつは…、足も使うな…。キックボクシングか…)
 俺は構えから、朝田の攻撃パターンを予測する。
 朝田は、一歩踏み込むと、ローキックを打ち込んでくる。
 俺は、足を上げローキックを捌いた。
 体重の乗った良い蹴りだ、受けた足に痺れが走るほどの。
 朝田も俺の捌き方から、経験者と踏んだのだろう、中々次の攻撃を仕掛けて来ない。

 俺は、身体の力を抜いて、肩を軽く回した。
 朝田は、その動きにつられるように、ワンツーを打ち込み、ローキックを打ってくる。
 俺は、全てを捌いて、ローキックを受けた足をそのまま、跳ね上げる。
 朝田は、それをギリギリ、スゥエーでかわす。
 だが、俺の足はそのまま、朝田の顎に向かって、軌道を変えた。
 いわゆる、掛け蹴りと言う奴だ、俺の蹴り足の変化に、朝田は対応しきれず、見事に顎を打ち抜かれ、昏倒した。

 その後に出て来たのは、上半身裸の健太郎の親父、栄蔵だった。
 身長180p近い身体に、52歳とは思えぬ艶のある筋肉、朝田とは真逆のタイプだ。
 栄蔵は俺に対して、威圧しながらこう言った。
「おい小僧…。お前、何処の組織のモンじゃ!」
 俺は、その質問に素直に答えた。
「警視庁」
 と…。
 栄蔵は目を細めて、[舐めとんのか!]と言いながら、殴り掛かって来た。

 栄蔵の動きは格闘技等ではない、只の腕力任せの喧嘩である。
 この程度なら、何度も制して来た。
 パワーは、朝田より数段上だが、所詮素人。
 ストリートファイトは、ヤクザの専売特許じゃない事を見せてやろう。
 栄蔵が何度もパンチを打ち込んでくるが、俺の身体に擦りもしない。
 そして俺は、かわす度に軽い打撃を、栄蔵の身体に叩き込んで行く。
 俺の打ち方は、拳では無く、軽く開いた掌打を当て、押し込むような叩き方をする。
 栄蔵は、初め俺の打撃に対して、何の痛痒も感じて居なかったが、次第に鈍くなる自分の身体の動きに、訝しさを感じだした。
 そして俺が20発も入れた頃、激しい汗と呼吸に膝を付いた。
「て…てめぇ。何しやがった…」
 栄蔵が胸を押さえ、激しい呼吸で訴えだした。
「別に。お前の横隔膜を揺らしてただけだ…。しかし、良く保ったな。普通だったら10発程で悶絶するのに…」
 俺は、そう言いながら栄蔵に近づき、延髄に衝撃を与え、昏倒させた。
 昏倒した栄蔵を牢に戻した俺は、健太郎に挨拶した。
「よう…。俺が誰だかこいつらに聞いたか?」
 俺は、頭台に頭を固定されたままの、正二と泰介を指さし健太郎に質問した。
 健太郎は、ガクガクと首を縦に振るだけで、言葉も出ない。
 俺は、こんな小心者に、家族を殺されたかと思うと、頭が痛くなって来た。

 取り敢えず、安曇野家に挨拶をして映像を見せる事にした。
 俺は、健太郎の前から立ち上がり、新しいモニターを安曇野家の前に持って行って、こう言った。
「始めまして。俺は、警視庁に勤めている、叶良顕と言う者です。4年前から2年間、お宅の健太郎君達に、俺の妹と妻が大変お世話になりました…。付きましては、そのお礼をお返ししたくて、ご足労願いました。このモニターに、どう言う具合にお世話に成ったか映りますので、ユックリ鑑賞して行って下さい」
 憎悪を込めて深々と頭を下げた。
 俺の張り付いた笑顔を、薄気味悪そうに見ながら、指し示されたモニターを見る。
 モニターに映った映像を見て、あろう事か軽い安堵を浮かべた。
(こいつら。只の強姦ビデオだと、思いやがったな。こいつらの面の皮は、鉄で出来てる…。酸でも熱でも構わない…、グズグズに崩してやる…)
 腹の中で、又1つ新たな誓いが沸いて来た。

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