走狗
MIN:作

■ 第2章 猟(かり)25

 俺は、その日の晩飯を囚人達に作り、喰わせた。
 16人分の食事を作り、食わせるのは、一仕事だった。
 美加園に手伝わせたが、壊滅的な不器用さと、力の無さで何の役にも立たない。
 いや、むしろ仕事を増やす一方だったから、何処かに行ってくれと、頼んでしまった。
 あれやこれやで、片付けを入れて、2時間以上掛かった。
 俺は、疲れた身体を引き摺り、寝室に入って行くと、美加園がスケスケのナイティーを着て、ドレッサーの鏡に向かっている。
「あら、お帰り…。随分掛かったのね、お風呂沸かしておいたわ」
 何事もなかったように、鏡を見ながら話しかける。

 俺は、ワナワナと震え、込み上げる殺意を押さえながら
「ここで…、何をしている…」
 こう聞くのが精一杯だった。
 美加園は、鏡に向かいブラッシングしながら
「えっ!良いじゃん。男同士なんだから、一緒に寝ようよ」
 驚いた後、笑いながらそう言った。
 俺は、自分の額の辺りで[ブチッ]と言う音を確かに聞いた。
「俺は…、再三注意した…。我慢もした…。どうなるかも、教えた…。なのに…、こいつは…こいつが悪いんだ…」
 ブツブツと呟きながら、ユラユラと美加園に近づいて行った。
 異変に気付いた、美加園が慌てて
「た、たんま!待って!冗談!冗談です!」
 慌てて立ち上がり、俺を大きく回り込んで、入り口の扉に逃げた。
「本当は、薬が出来たから、持って来ただけ!お風呂は、沸かしたけどね…」
 俺は、ドレッサーに置かれた、2つの包みを見た、包みには[豚]に[犬]と書かれていた。
 恐らく和美と千恵の事だろう。
「冗談も過ぎると、命を落とすぞ…。俺は、それほど寛大じゃない…。いい加減理解しろ…」
 美加園に向かい、俺は本気で言った。

「はい!解りました…。以後気を付けます!これは、使用法を書いた紙です、ここに置いておきます。では、お休みなさい」
 そう言うと胸元から紙を出し、入り口の床に置いて、扉を開けて飛び出していった。
(あいつは、いつか殺す)
 俺の中で静かに、殺意の炎が揺らめいた。
 ツカツカと紙を取りに行き、入り口の床の白い紙を拾って広げる。
 俺は無言で、その紙を見ながら、部屋中の戸締まりを始めた。
 紙には、事細かに薬の効果と使用方法、それと注意点が書かれている。
 俺は、それを読みながら、ベッドに横に成る。

 その紙に書かれてある効果は、驚く物で有った。
 脳内の視床と視床下部の一部の働きを活発化させ、同時に大脳の有る部分の働きを抑制する。
 効果として、感覚の鋭敏化とホルモンバランスの調整、及び脳内麻薬の分泌促進、そして大脳内の理論中枢の麻痺。
 用法は、薬効が働きかけている間に、被験者の脳内を自分の望む状態まで誘導し、位置づけをする。
 すると、脳はその状態を記憶し、施術者を認識すると、脳がその状態に近づこうとする。
 これは、言ってみれば快感による、洗脳薬である。
 しかも、効能は永続と書いてあった。

 俺は、余りの内容に驚いたが、下に小さく書かれた、注意書きを読んで、説明書を破り捨てそうになった。
 注意書きには、効き目が出るまで20分、薬効は10分と書いてあり、副作用は今の所見つからず、と有るが使用件数が5だった。
 殆ど出来たての、いや出来たかどうかも解らない、薬だった。
(あの野郎…、和美達をモルモットにするつもりか…?まあ良い…。使うかどうかは明日、問いつめてからだ…)
 俺は、説明書を置いて風呂場へ向かい、美加園が沸かした風呂を落とし、シャワーを浴びた。
 何を入れられているか、解ったモンじゃない…そんな気がしたからだ。
 シャワーを浴びて、俺はベッドに入った、夜中2度程人の気配がしたが、全てに鍵を掛けて居るのを知り、去っていった。
 俺は、美加園が懲りるという言葉を知らないのだと、つくづく理解した。

 朝になり、俺は先ず、美加園をたたき起こしに行った。
 ベッドで気持ちよさそうに寝る、美加園の胸ぐらを掴み、引き上げる。
「おい…俺の言いたい事は、解るな…。お前はどうも、その面をぶち壊されなきゃ、物事を理解できないようだな…」
 俺の静かな殺意を、美加園は寝ぼけ眼で、受け取った。
「あ…お、おはよう、ぐほっ!」
 俺の拳が、美加園の腹に潜り込む。
 激しく咳き込み、美加園の目が完全に目覚める。
「な、何よ!朝から随分な起こし方じゃない!」
 抗議する美加園に、俺は更にもう1発お見舞いする。
「ごめんなさい…。もう夜中に忍び込もうとしません…」
 更に1発入れる。
「お風呂に催淫剤を入れたのは、謝ります…」
 更にもう1発お見舞いしようと手を引いた瞬間に
「本当に、もう何もしてません!ごめんなさい…」
 腹を手で抱える。
(やっぱり、あの風呂に仕掛けが有ったか…。このやろー…)
 風呂に入らなかった判断を、俺は自分で褒めたく成った。
「おい、これはどう言う事だ…こんな、あやふやな物を、お前は使うつもりだったのか…」
 俺は説明書と薬を差しだし、美加園に詰問した。
「だって、薬なんてそんなモンでしょ…。それが必要な人が使って、効果を確かめて行かなきゃ。副作用なんか解らないわよ」
 珍しく強気な、発言をする美加園。
「それに、効能なんて、目標であって、実際の効果なんて、後々に成ってしか解らないじゃない。これは、ベースは1年前に出来たけど、色々配合を変えたサンプル版よ。ちょっとは、私の研究にも役立ってよ!じゃなきゃ、私ここにいる意味無いわ。夜も相手してくれないし、研究も駄目じゃ、メリット無い物」
 言われてみれば、確かにそのとおりだ、こいつは俺に協力する義務は確かに無い。

■つづき

■目次

■メニュー

■作者別


おすすめの100冊