走狗
MIN:作

■ 第4章 狂宴21

 精神崩壊が、乙葉に襲いかかり、その意識を忘我の域に解き放そうとした時、俺は恐ろしい程の喪失感に襲われた。
「乙葉。お前は、俺を置いて何処に行く!俺はここだ、お前の側だ!何処にも行くな!俺にはお前が必要だ、俺の命令を聞け…!聞いてくれ…」
 俺は、乙葉をきつく抱き締め、必死で叫んだ。
 すると、乙葉の力無い身体が、ピクリと跳ねる。
 その、動きは全身に拡がり、乙葉の身体を震わせ、潮が引くように消えていき、身体に力が戻る。
 乙葉の両腕が、ユックリと持ち上がり、俺の背中に巻き付く。
 そして、身体全体が細かく震えだし、乙葉は俺の耳元に囁いた。
「あぁ…夢じゃない…ご主人様…夢のようなお言葉…でも、夢じゃないんですね…」
 乙葉は、俺の頬に両手を添え、顔をユックリと放すと俺の頬を伝わる涙を掬い取り、驚きの後喜びの涙を流し
「ご主人様…。ご主人様…、乙葉は…。乙葉は、ご主人様の側に居て良いんですね…?必要だと…、言って下さるんですね…?乙葉のために…、泣いて下さるんですね…?嬉しいです…。本当に、夢のようです…あぁぁぁ…」
 再び俺に抱きつくと、耳元に囁いた。
 俺は、乙葉の手を振り解くと、正面から乙葉を見詰め
「ああ、必要だ…。お前は、俺の側にずっと居ろ…」
 呟いた後、激しく唇を合わせる。

 激しい口づけをしながら、俺は乙葉に入れ墨の事を話す。
「はい、ご主人様が為さりたい事を、私に為さって下さい…。どんな理由でも、乙葉は喜んで受け入れます」
 乙葉は、ニッコリ目で笑って、俺の口の中に答えた。
 俺は、頷くと乙葉に、段取りを話す。
 乙葉は、口の中に送られた話しを、真剣な表情で聞き、覚え込む。
 俺は、全ての説明を乙葉の口の中にして、唇を離した。
 乙葉を離して、守に活を入れる。
 目覚めた守に
「優葉は、俺の言い付けを守らずに、お前に従わなかった…。だから、罰を乙葉に与える」
 そう言って、乙葉を連れて行った。
 守は、キョトンとした表情で俺達を見送り、目を優葉に向けると、乱暴に蹴り始めた。

 牢の外に出ると、木偶達が一斉に俺達に視線を向ける。
 その視線は、俺を驚かせるには、充分だった。
 殆どの者が、乙葉が自力で歩いている事に対する[安堵]で有った。
 ただ一人、忠雄だけが[懸念]を抱いていた。
 多分、俺が牢内に入った後、調教部屋で何かの会話が有ったのだろう。
 俺は、それを納得しながら、全員に話す。
「優葉が反乱を起こした。あいつを痛めつけても詰まらないから、こいつに責任を取らせる」
 俺は、そう言って木偶達を待たせると、そのまま2階へ向かった。

 処置室に行くと、俺と乙葉を迎えた晃が、事情を察し
「なに?今度はこの子をどうするの?」
 腕組みをして、俺に質問をして来た。
 俺は、晃に下で説明した事を、もう一度繰り返す。
 晃は、掌を上にして、肩をすくめて首を振る。
「で、どう責任を取らせるの?動物にでも変える?」
 晃がそう言うと、俺は首を振り
「全身に入れ墨を入れる…」
 短く宣言する。
「解ったわ…。用意は、して上げる。で、どんなデザインで、誰が書くの…?」
 俺は、晃の言葉に初めて気が付いた。

 俺は、壊滅的に、絵心が無い。
 晃を指差すと、晃も目の前でブンブンと手を振って
「無理無理無理!私は医者よドクター!絵何か、内臓しか書いた事無いわよ…」
 晃の言葉に、俺は凍り付いた。
 その時、乙葉が口を開く。
「あ、あの〜っ…。私一人心当たりが有るんですが…ご主人様もご存じなんですが…」
 そう言いながら、右手の人差し指で、下を差す。
 俺達は、その仕草で、気が付いた。
 健太郎。
 あいつは、タトゥーショップに勤めている、プロだった。

 俺は、直ぐさま踵を返すと、地下の調教部屋に行き、健太郎を連れて戻って来た。
 不思議な事に、健太郎を連れ出した時、安曇野家の者は誰一人騒がなかった。
 それどころか、妙に協力的な雰囲気すら、感じさせていた。
 この時、栄蔵の心に、あんな覚悟が出来ているとは、思いもよらなかった。
 [執着は、目を曇らせる]昔親父によく言われた言葉が、俺の頭の中に響きやがる。

 健太郎を処置室に連れて来て、俺は乙葉の身体にデザインするように指示した。
 しかし、健太郎は俺の指示に、首を縦に振らなかった。
「やっても良いけど、俺にも条件を付けさせて…。それを飲んでくれないなら、何をされても絶対にしない…」
 健太郎は、青い顔を震わせながら、俺に取引を持ちかけて来た。
 俺は、苛立ちを覚えながらも、健太郎の条件を聞いた。
「夏姉を…夏姉にも…入れさせてくれ…。そして、一晩だけ2人で過ごさせて…欲しい…」
 健太郎は、俺が半分予想した事を言い出した。
 しかし、もう片方は、こいつの精神の異常さを如実に表していた。
(こいつ。この状況で、実の姉に入れ墨したいなんて…狂ってやがる…)
 俺は、半分呆れながら、健太郎の要求に[出来次第だ]と答えた。

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