走狗
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■ 第4章 狂宴26

 優葉は、恐る恐るキッチンのシンクを指差す。
 そこには、熱を通され、黒く変色して、裏には何か赤い物が付いた、銀製のスプーンが落ちていた。
(こいつ…。スプーンを熱して、舌を灼いたのか…何故…)
 俺は、視線を落とし、優葉の手に握られた物を見た。
 優葉の手には、アイスピックがしっかりと握られていた。
 俺は、それを見て、気が付いた。
「優葉。喋らなくて良い…。はいか、いいえ。首を振って答えろ…」
 俺の言葉に優葉が、頷く。
「お前は、俺の妹と同じ格好に、成ろうとしたんだな…」
 俺の言葉に優葉が頷く。
「それで、自分の謝罪の気持ちを、表そうとしたんだな…」
 また、優葉が頷く。
「それは、俺がお前を上に連れて来た時、俺がお前を受け入れなかった事が、引き金だな…」
 優葉は、俺を見詰め、躊躇いながら、小さく頷いた。
 俺は、優葉からアイスピックを取り上げ、抱き上げると踵を返し、和美達に向き直り
「指示通り食事を作れ…。千恵…乙葉を見てやってくれ。起きたら、晃の所に居ると伝えろ…」
 それぞれに指示を出し、俺は2階へ向かう。

 2階の晃の部屋に行くと、晃がパニックを起こしている。
 部屋に入ると、晃の部屋は荷物が散乱し、髪の毛だらけに成って居た。
(優葉は、ここで道具を探して、髪を剃ったんだ…)
 俺は、ヒステリーを起こしかけている、晃に向かって
「多忙中の所、悪いが…。急患だ…」
 なるべく穏やかに、話しかけた。
 晃は、俺の抱いている、優葉を見詰めると
「あーーーっ!あんたね!犯人!」
 指をさして、大声で怒鳴る。
 ダッシュで俺の所まで来ると、手に光る物を持っている。
(やばい!メスだ!…こいつ、本気か!)
 俺は、右手を放して、素早く晃の腕を掴む。
 興奮する晃は、俺の手を振り解こうと暴れる。

 俺は、やむを得ず、非常手段を使った。
 優葉を放すと、両手を掴み、キスをする。
 晃は、目を白黒させたが、次第に身体の力を抜いた。
 俺は、唇を離し、晃に向かって
「落ち着いたか…。こいつのやった事は、許してやってくれ…頼む…」
 頭を下げた。
 晃は、唇を手で押さえ、頬を染めながら、驚きの表情を浮かべている。
「ど、ど、どうしたの?良ちゃんから…キスするなんて…頭を下げるなんて…。死ぬの?誰か無茶な怪我させた?」
 晃は、真剣な顔で、オロオロし始めた。
「いや…。患者は、こいつだ…。舌をな…酷く傷つけた…」
 そう言って、優葉を指差す。
 優葉を見て、一瞬ムッとした表情を浮かべたが、俺の謝罪が聞いたのか、直ぐに戻り診察する。
「ありゃ〜…。こりゃ、酷い…。あのね…火傷って一番治しにくいのよ…。皮膚細胞や感覚細胞、果ては神経や筋繊維も傷つけるから…。研究室行きましょ、ここじゃ何も出来ないわ…」
 そう言って晃が立ち上がり、俺も優葉を抱える。

 研究室に着くと、晃は俺に聞いてきた。
「で。お勧めは、麻酔を掛ける方なんだけど…。どうする…?」
 晃の言葉に、俺は無言で頷く。
 晃が麻酔のボンベを持ち、優葉に近づくと、優葉が首を振り、後ずさる。
「いひまへん…。ほのまま…ひへ…」
 優葉は、真剣な表情で晃に訴える。
「あんたね〜…。死ぬ程、痛いわよ!解ってんの!良いから来なさい!」
 晃は、怒りながら、詰め寄る。
 しかし、優葉はそれを受け入れない、首を左右に振って、逃げようとする。
 そこに、優葉を探して乙葉が現れた。
 乙葉が状況を聞いて来たから、俺は軽く説明してやった。
「優ちゃん!好い加減にしなさい…!お医者様の言う事を聞きなさい!」
 乙葉が逆の方から回り込み、優葉を捕まえようとする。

 腕組みをして見ていた俺は、その時初めて優葉に声を掛けた。
「優葉…。お前が麻酔を拒むのは、俺に対する謝罪の気持ちか…?贖罪をしたいのか…」
 俺の質問に、優葉は俺をジッと見詰め、コクンと頷いた。
「晃…必要ない…。そのまま治療しろ…」
 俺は、優葉を見詰めながら、静かに晃に告げた。
(見せてみろ…。お前の気持ちを…俺が納得するように…俺が、受け入れられるように…)
 俺は、心の中で、優葉に向かって言った。
 晃は、俺の視線を見て、諦めたようだ。
「こっちいらっしゃい…。薬を決めるから…」
 晃は、優葉を呼び、椅子に座らせる。
 暫く診た後、晃は三種類のチューブを取りだし、受け皿の上で慎重に重さを量り、混ぜ合わせる。
 それを銀色のヘラみたいな物で、掬い上げると
「本当に、痛いわよ!塗り終わるまでは、絶対に動いちゃ駄目だし、飲み込んでも駄目だからね!」
 晃は開口具と、舌を棒のような物で固定しながら、真剣な顔で優葉に注意をする。
 優葉は、晃の目を見詰め、顎を引いてユックリ頷いた。

 優葉は、晃が薬を塗った瞬間、目を大きく開いて、小刻みに震えだした。
 全身に鳥肌が一瞬で立ち、ジワリと脂汗が滲み出してきた。
 晃は、素早い手の動きで、患部に薬を塗りつけて行った。
 その間7・8秒の作業だが、晃も集中したのか、汗を掻き、ため息を吐いた。
 晃が優葉から離れると、優葉は椅子から、震えながら降りて正座をする。
 そして、全身を震わせ、蒼白になりながら、俺に向かって頭を下げては持ち上げ、持ち上げては下げる。
 何度も何度もユックリと繰り返す。
 晃が俺の横に、擦り寄って驚愕の表情で呟く。
「あの子…、相当凄いわよ…。あの薬メチャクチャ痛い筈なのに…。私、麻酔無しでしたの2回目だけど…。もう一人は、痛みで気が触れたわ…」
 俺は、晃の話を優葉の謝罪を受けながら、聞いていた。
(良いだろう…。お前も俺の奴隷にしてやる…そして、壊れて行け…いつか許される日が、来るかもな…)
 俺は、優葉を見詰めながら、穏やかな微笑みを浮かべていた。

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