走狗
MIN:作

■ 第4章 狂宴29

 牢から出た木偶達は、先ず立ち尽くす美人女王に目を奪われて居た。
 それはそうだろ、黒のボンテージから伸びるスラリとした足には、緑の蛇が絡みつき、大きく開いた胸元には、蜘蛛が這っている。
 そして、見る者を凍り付かせるような、冷たい視線。
 騎乗鞭を手の中で撓める姿は、扱い慣れているのが、一目で分かる仕草だった。
「紹介しよう…、乙葉女王様だ…。これから、俺の右腕として働いて貰う…。気を付けろ、キャリア10年のベテランだ…」
 俺がニタリとして紹介すると、乙葉は無言で俺の横に立ち、鞭を肩に当てながら、木偶と罪人を冷たい視線で睨め付けた。
 その時、後ろから栄蔵が真っ赤な顔をして、前に出て来た。
「健太郎ー!お前は、何て事しやがる!」
 出てくるなり、烈火の如く怒り、怒声を上げ、全身を振るわせている。
 その視線の先には、泣きじゃくる夏恵が居た。

 俺は、その間に割って入ると
「どうするつもりだ…反乱か?」
 静かに問い掛ける。
「あんたか…?あんたの指示か?」
 俺を睨み付けながら、栄蔵が聞いて来た。
 俺は、静かに首を横に振り
「俺の指示ではない…。労働に対する、報酬だ…」
 そう言うと、栄蔵に戻るように、顎をしゃくる。
 栄蔵は、俺を睨み付けながら
「へっ…勝負しろ…」
 小さく俺に吐き捨てた。
 俺は、薄く鼻で笑うと、栄蔵の依頼を受け入れる。

 栄蔵は、いつものように、俺に力任せに殴り掛かって来る。
 回りの全員が、壁に張り付き、スペースを空けた。
 俺は、それをかわしながら、いつものように打撃を入れる。
(可笑しい…。こいつは俺に敵わないのを知って居るはず…。ましてや、いつもと同じ単調な攻め…)
 俺は訝しみながら、栄蔵の攻撃に対処する。
 暫くすると、栄蔵が俺に囁き始めた。
「あんた…。昨日女を…殺さなかったろ…?」
 俺は、ピクリとその言葉に反応した。
 栄蔵は、一瞬の隙をついて、俺を捉まえる。
 俺は、暫く栄蔵の、したいようにさせた。
「爆発音が、一つしか聞こえなかったから、そうじゃないかと思ったんだ…。図星だな…」
 そう言うと、栄蔵は俺を捉まえた手から、力を緩めて話を続ける。
「ウチの息子は大馬鹿だった…。この期に及んで、反省の気持ちも浮かんで来てねえ…。あれじゃ、一生掛かっても無理だ…」
 栄蔵は、そう言うと、フッと鼻で笑い
「家族のケジメを…付けさせてくれ…。そして、俺のケジメを受け取ってくれ…」
 身体を入れ替え、俺を木偶達の方に、放り投げた。
 俺の身体を壁に向かって投げ飛ばした栄蔵は、逆方向に走り出した。
 そう、健太郎に向かって、真っ直ぐ駆け寄った。
 栄蔵は、健太郎を捉まえると、その太い腕を首に巻き付け
「叶さん、すいやせん…。こいつは、俺が落とし前を付けさせて貰います…」
 思いっきり力を入れて、首を捻る。
 ゴキリと音を立てて、健太郎の首が上を向いた。
 健太郎の身体が、栄蔵の腕の中でビクビクと震え、力が抜ける。

 もう一度、力を入れて捻ると、更に健太郎の首が回転し、栄蔵は健太郎から手を放した。
 健太郎は、俯せに身体を倒して大きく見開いた目で、天井を見詰めていた。
 頸骨が折れ、首が180°回転していた。
 栄蔵は、ユックリ俺に向かって、歩いて来ると頭を下げ、忠雄を見詰める。
「忠雄…。後の事は、任せた…。女達を頼む…。ちょっと…、そこを空けてくれ…」
 忠雄に頼んだ後、首台の前に立っていた、三浦家をどかせる。
 栄蔵は、俺に向き直ると
「俺は…、ヤクザだ…。奴隷になんかは…、絶対にならねぇ…」
 ニヤリと獰猛な笑みを見せ、首台に向き直り、走り出した。
 栄蔵は、重さ200sを越える首台に、頭を下げて両肩でぶつかり、そのまま押し倒して、鉄骨の下に頭を滑り込ませた。
 栄蔵の頭は、こうして200sの鉄骨の下敷きに成り、砕けて無く成った。

 栄蔵の壮絶な、ケジメだった。
 調教部屋に凄まじい血臭が漂う。
 志緒理は、下敷きに成った、夫をジッと見詰めている。
 真横で見ていた絵美から、フッと力が抜け崩れ落ち。
 それを合図のように、夏恵、美登里、響子が失神した。
 俺は、事態の余りにも早い展開に、ただ栄蔵の死体を見詰めるだけだった。
 志緒理は、忠雄の前に行くと
「代があなたに変わったわ…。3代目、これからどうしますか…」
 静かに言って、頭を下げる。
 忠雄は、落ち着いた声で
「親分の死に際に頼まれた事を、俺が断れる訳もねぇ…。今からあんた達は、俺が面倒を見る…」
 志緒理に告げると、視線を俺に向けて
「それで、良いですね…」
 静かな低い声で、確認を取って来た。

 俺はスタスタと、健太郎の死体に向かって歩きながら、
「好きにしろ…」
 背中越しに短く、忠雄に伝えた。
(これで、安曇野家は落ちたも同然だな…)
 俺は、そんな事を考えながら、健太郎の死体を担ぎ上げる。
 俺の行動にいち早く、乙葉が気付き、健太郎の死体を反対側から支える。
 そしてその行動に、和美と千恵が続く。
「ご主人様…、こちらは3人で大丈夫です…。あの、あちらを早めに、処理して頂ければ…」
 乙葉が恐る恐る、俺に話す。
 確かにあの血まみれの死体は、乙葉達には無理だろう。
 俺は、健太郎の死体を乙葉達に任せ、栄蔵の処理に向かった。

■つづき

■目次

■メニュー

■作者別


おすすめの100冊