走狗
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■ 第5章 走狗7

 酒宴は、晃の整形の話で大いに盛り上がりだした。
 晃の前には、奴隷達が次々に並んでは、メイド服を脱ぎクルクルと回って、施術箇所を訴える。
 晃は、それを見ながら、ドンドンノートに書き込んで行く。
 俺は、騒然とする雰囲気に、辟易しかけたが、乙葉がタイミング良く俺に話しかけるため、救われた。
 そんな時、晃の目線が忠雄の右腕に向き、傷口を見る。
「あら、あんた…。銃で撃たれた事有るの…?日本じゃ珍しい傷痕よ…」
 晃の声に、俺は忠雄を見詰める。
 忠雄の右腕には、丸く抉れたような傷痕が有った。
(銃創…。確かに…、日本では、珍しいな…待て…?銃創?俺は…最近…見て居るぞ…)
 俺は、晃の言葉に、考えを集中し始める。
(いつだ…。何処でだ………まて……、あれか…)
 俺の記憶の中にある、2つの映像が浮かび上がり、照合される。

 俺は、グラスを、取り落としていた。
 床に落ちたグラスは、中身を撒き散らしながら、砕ける。
 一瞬、周りが慌ただしくなったが、俺は忠雄の腕を見詰めワナワナと震える。
 俺に見詰められた忠雄は、何事か理解できず、オロオロと狼狽えた。
 俺は、無言で立ち上がり、その場を立ち去る。

 自室に行きパソコンを立ち上げると、ファイルの映像を映し出す。
(これじゃない…、ここでもない…。違う…!これじゃない………これだ…有った…くくくっ!)
 俺は、見つけた、手掛かりを。
 俺が見落としていた事実を、今はっきりと認識した。
 俺は、その時、有る気配を感じた。
「フッ…。由木居るんだろ…?隠れてないで出て来いよ…」
 俺は、ファイルを見ながら、背後に向かって声を掛ける。
 すると、由木がカーテンの影から現れた。
「いやはや…。どうも、わたくしも年で御座いますかな…?こうも、見事に気配を察知されるようだと、仕事にも支障をきたします…」
 由木は、相も変わらず、物腰の低いしゃべり方で、音もなく歩いて来る。
「いや…、気にする事は無いよ…。俺の感覚が、戻って来ただけだし…」
 俺が身体の向きを変えながら言った言葉に、由木の足がピタリと5mの距離を開けて止まった。
「どうやらそのようですな…。間合いが、倍程伸びておられます…」
 そう言って立ち止まったのは、俺の一撃が届かない、ギリギリの距離だった。

「今日は、ご機嫌が宜しいようで…。それは、今日の成果が原因で御座いますかな?」
 由木は、拉致した者の処置が終わった事を示唆する。
「ああっ、それも有る。だが、それだけじゃない…。今確認して、確信したからさ…。次の手掛かりを…」
 俺がそう言うと、由木は暫く黙って見詰め、ユックリと口を開く。
「そうですか…、よう御座いました。わたくし共も、いささか心配しておりましたモノですから。では、わたくしの本日の御用は、お流れと言う事に成りました」
 そう言って、深々と頭を下げる。
(こいつは、情報と引き替えに、また何かを要求するつもりだったな…。それも、直ぐにでも実現させる積もりで、来やがった…)
 俺は、由木来訪が乙葉を諦めていないと、物語っているように感じた。

 由木が踵を返す時、何気なく右手を振った。
 俺は、目の前の空間を、右手で軽く撫でる。
 俺の右手には、由木の投げた銀色に光る、20p程の針が握られている。
「止めなよ…。俺を試すような、事は…。らしくない…」
 俺は、由木に向かって、針を放り投げながら言った。
「あい済みません…。なにぶん心配性な物で、万が一の事を考えて居りましたが…。杞憂で御座いました」
 由木は、針を受け取り、あっと言う間に手の中から消すと、ペコリと頭を下げ消えていった。

 そう、俺は次のターゲットを見つけた。
(今日、晃と忠雄が揃わなければ、多分気付かなかった…)
 俺は、忠雄の身体と晃の呟きで、この男の素性が解った。
 [骨接ぎ男]…、この男の名は、村沢一成。
 同じ所轄に勤務する、年上の部下だ。
(俺も情けない。体付きに、整復が出来る程の武道経験者…。それに、右股の銃創に気付かない何てな…)
 日本では、銃創は滅多にお目に掛かれない。
 それを、俺は忘れていた。
 俺は、その傷がハッキリ映った映像をプリントアウトし、服のポケットに畳んで押し込んだ。

 俺は、パソコンを消すと立ち上がり、入り口に身体を向ける。
 入り口には、乙葉が心配そうな顔で、佇んでいた。
「ん?どうした、乙葉…。付いて来たのか…」
 俺の言葉に、乙葉は頷く。
「ご主人様が掛け出されて…。皆さんが驚いて居ましたので…、ご様子を伺いに参りました…」
 乙葉は、丁寧に話しながら、俺の笑顔に驚いている。
「ご…主人…様?何か御座いましたのでしょうか…?」
 乙葉は、俺の部屋の出入り口で、金縛りに会ったように、身動きが出来ないで固まっていた。
 俺は、自分の顔がどうなって居るかなど、気に成らなかったが、乙葉を見て自分が昂ぶっている事に気が付いた。
 俺は、そのまま立ち上がり、廊下に出る。

 乙葉は、ジッと俺の顔を見詰め、俺の後に付いて来る。
「ご、ご主人様…あ、あの…」
 乙葉が珍しく歯切れの悪い声で、俺を呼び止める。
 俺は訝しみながら
「どうした…乙葉…」
 乙葉に聞いた。
 乙葉が俺を見詰める目は、濡れて光っていた。
「ご主人様…。今のままで…リビングに行かれますと…、刺激が…」
 乙葉の言葉は、一向に要領を得ない。
「何を言ってる…?黙って付いて来い…」
 俺は、折角の高揚した気持ちに、水を差された気がしたが、そのままリビングに向かった。

 リビングの出入り口を入って俺は
「悪かった…。捜し物が出来て、中座した…」
 全員に聞こえる声で伝えた。
 一斉に俺に向いた視線が、凍り付く。
 俺は、若干戸惑ったが、リビングを突き抜け、ソファーに座る。
 その間、誰も声すら発しない。
 少し遅れて、乙葉が手鏡を持って、トコトコ俯きながら走って来て、俺の前に正座し
「ご主人様…。申し訳御座いません…」
 謝りながら、俺に手鏡を翳す。

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