走狗
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■ 第5章 走狗11

 一番先頭に有るのは、[新藤]と言う名字だけだった。
 履歴を調べると、その名前がたまに出てくる。
 俺が記憶を呼び起こすと、それは俺が処分を延長されたのと、処分を受けた日時、それにこいつにボコられた日時に、符合する。
 着信履歴には、一切名前が載って居ない所を見ると、こいつは俺の監視役だったのだろう。
「よう…。新藤って、誰だ…」
 俺の質問に、顔を上げ、驚きの表情を見せる。
 まあ、普通だったら数ある、発信履歴の中からピンポイントで、名前を言い当てられたら、誰でも驚く。
 俺は、村沢のリアクションから、その名前が、こいつに俺の監視を命じた、人間だと特定した。
「俺も馬鹿じゃない、知っている事は色々有る。ただ、俺の知っている新藤と、お前に監視を命じた、人間が同じ人物か知りたいだけだ…」
 俺の言葉に、村沢は益々顔色を変え、怯えた表情を浮かべる。

「お、俺は…。何も知らない…、何もだ…。本当だ…」
 必死に俺に向かって、嘘を付く。
(お前の態度、目線、言葉が全て物語っている…俺は知ってる…だが、言えない…言えば殺される…。ってな)
 俺は、村沢の携帯を取り出し、デタラメにダイヤルする。
 暫く無言で、携帯を耳に当てる。
「お、おい…。何処に掛けてんだ…?止めろ!止めてくれー!」
 俺は、無言で携帯を切り
「どうした?電話されると不都合でも有るのか?」
 俺の質問に、村沢は震えながら
「殺される…。捕まったのがバレたら…殺される…。お前よりもっと酷いやり方で…」
 俺に答えた。
「じゃぁ…、素直に吐けよ…。そうすればまだ、マシな死に方を選べるかも知れんぞ…」
 俺は、片方の肩にも、もう一度杭の先を当てると、引き金を絞った。
 村沢の悲鳴が、大きく響く。
 俺は黙って、次の杭を装填する。
 まだ、尋問は始まったばかり、杭のストックは山のように有る。

 俺は、携帯をポケットに入れて、村沢の尋問を始める。
「村沢…。言いたく無ければ、構わん…。俺はありったけの杭をお前の身体に、打ち込んでやる…。それぐらいは、構わんだろ…?俺の女房と妹に散々突っ込んだんだ。せめて、それと同じ数は打ち込ませろよ…」
 俺は、村沢の足の甲に、向かって機械を構え、引き金を引く。
 村沢の足の骨が砕け、悲鳴が上がる。
 俺は、次の杭を装填し、再度ユックリと村沢に向けて構えた。

 村沢は、俺の顔を凝視し、俺が脅しでも何でもなく、本気で宣言した数を打ち込む気だと認識した。
「待て!待ってくれ…!言う。言うから止めてくれ…。新藤さんだ!新藤栄吾さんだよ!…」
 村沢の口から出た、人物の名前を聞いて、俺は内心本気で驚いた。
 その名前は、俺の大学の大先輩で、現職の警察官でも一握りの階級に属し、警視庁でも5本の指に数えられるポストに就いている。
「ふ〜ん…。だが、理由が分からん…?何で、現職の本庁の警備局長が、一介の警部補の動向を探る必要がある」
 当然だ、警視庁警備局長で、警視監の人間が、その気に成れば一警部補なんか、蟻を潰すより簡単に始末できる。
「事の始まりは、5年前のお前が調べてた事だ!そしてその半年後、高橋と風間を引っ張って行った事が、引き金なんだよ」
 俺は、当時の事を、思い出す。
 その頃、俺は警務課監察官室に席を置いていた。
 そして、大規模な押収品流出事案の調査に着いていた。
 俺は、調査の結果、村沢が言った2名を拘束、喚問を行っていた。
 だが、俺は追求直前で、以前から希望していたアメリカ研修に抜擢され、国内を出た。
 そして、アメリカでその2名が自殺した事を聞いた。

 そこ迄が、俺の記憶している事だった。
「お前が残して行った捜査資料のお陰で、俺も査問に引っ掛かった…。お陰で俺は、生涯巡査部長だ…。そして桐生のせいで、新藤さんに迄、手が伸びかけたんだ…」
 村沢がそこ迄言った時、俺は当時の直属の上司が、交通事故で亡くなった事を思い出した。
「お前ら…。保身のために…、何人殺した…」
 俺は、その当時の同僚が、現在1人しか生きて居ない事を思い出す。
「はっ!お前の思ってる人間全員だ…。7〜8って所だ…」
 村沢は痛みに、顔を青く染めながら、吐き捨てるように告白する。
「言って置くがな…。あいつらは、お前があんな資料を残さなければ、死ななかったんだ…。言って見れば、お前が殺したようなモンだ」
 俺は、村沢が言った言葉に、無言で杭を打ち込み
「俺が殺したんじゃない。お前達の都合で、殺したんだ!」
 睨み付けながら、言った。

 村沢は、苦悶の悲鳴を上げるも、薄笑いを浮かべる。
「けっ!お前みたいな奴が居るから、酷い目を見る人間が出来るんだよ…。出来る人間は、真っ直ぐに進めば、良いかもしれないけどな。一度曲っちまうと、もう戻れないんだ…。そう言うモンだぜ…」
 村沢は、どうやら腹を決めて、俺とやり合うつもりに成ったらしい。
「お前がいなけりゃ。俺は、今頃警部補だった…。そう言う道を、約束されてた…。それを全部ぶち壊したんだ…。新藤さんも、お前の…せいで、3年回り道をしたって、溢してた。まぁ、直接言われた訳じゃ、無いがな…」
 俺は、苦痛に顔を歪める村沢の言い方に、まだ誰か介在している事を知り、この件がいかに大規模だったかを知った。
「じゃぁ…。誰に言われたんだ…」
 俺の呟くような質問に、村沢は
「知らねえ…。名前なんか…解んねえよ…!いっつも、真っ黒な服を着て…、薄気味悪いぐらい…、抑揚の無い声で喋る、能面みたいな奴だ…」
 思い出したくも無いような表情で、俺に答えた。
 俺はよく似た人間を、一人知っている。
「でっ…あの女は、誰だ…」
 俺は、確信に迫る。

 この時、村沢は初めて俺に情報が無い事を悟った。
「お、お前…。俺を騙したな…?お前は、何も知らなかった…。ちくしょー!」
 村沢は、顔を歪めて喚き出す。
「そうだ…。だが、もう遅い。お前は、首謀者の素性を、俺に話した。これ以上の情報は、無いだろ…」
 俺の言葉に、唇を震わせ俯く。
 村沢は、汗で全身を濡らしながら、ハアハアと荒い息を吐き、痛みに耐えている。
「ここまで言ったんだ…。もう、何を言っても、お前は助からない…。俺に殺されるか、新藤に殺されるか、どっちかだ…」
 そう言いながら、俺はショックアンカーでグルリと、回りを指し
「この建物は、何処かの組織の幹部専用らしい…。至る所に、監視カメラや盗聴器が仕込んである。そんな組織って、早々有ると思うか?…あの女が所属している組織と、同じ物だと、俺は踏んでるんだがな…。だとすれば、必然お前が喋った事は、筒抜けだ」
 理論的に、現在の村沢が居る状況を、教えてやった。
「どんな殺され方をするのかは知らんが、俺に知ってる事を話せば、楽に殺してやる…。どうする…?」
 俺の言葉に村沢は、考え込んだが、直ぐに頭を持ち上げ
「娘だ!新藤の娘…。佐織って名前だ!良く解らんが、今も何処かで女子高生をしているらしい…」
 村沢の言葉に、俺は肩を竦め
「馬鹿かお前…。4年前に女子高生をしていて、何で今も女子高生をして居るんだ。有るわけ無いだろ…」
 俺は、その時、由木の言った言葉を思い出す{有り得ない事は、無い}と言う言葉を。
 村沢は、6年前始めて会った時から、一向に姿形の変わらない、少女の話を俺にした。
 恐らく、今も同じ姿形で、何処かの高校に紛れ込んで居る筈だと、俺に話す。
 村沢は、痛みのため、何度か気を失い掛けるが、その度に俺に杭を打たれ、目覚める。
 足下には、相当の量の血が、水溜まりを作っているが、まだ失血死をする、レベルでもない。

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