走狗
MIN:作

■ 第5章 走狗20

 中に入っていたのは、ボロボロになった[カメラの女]新藤佐織だった。
 佐織は何処かの学校の制服をかろうじて身に纏い、手足を拘束され、猿ぐつわを噛まされている。
 驚いた事に、佐織は本当に女子高生のままだった。
 あの、ビデオに映っていた姿そのままで、今俺の目の前にいる。
 俺は、佐織を箱から出すと、猿ぐつわだけ外した。
 俺が猿ぐつわを外すと、佐織は蒼白の顔をして
「ね、ねぇ…!今は何月何日の何時…?教えて、ねぇ…」
 必死の形相で、俺に擦り寄ってくる。
 俺は訝しみながら、佐織に今日の日付と時間を教えてやる。

 すると、佐織は大きく目を見開き、小刻みに震え出し
「う、嘘…。やだ…、20時間も…過ぎてる…。もう、駄目…終わりだわ…終わりよ…」
 床の上に踞る。
 晃が佐織の言葉を理解し、身体を見詰め
「良ちゃん…。老化抑制剤の副作用が出るわ!…この子の身体…、もう限界…」
 俺の耳元に囁いた。
 そして、数分後それは始まった。

 佐織の身体が、文字通り崩れ始めた。
 皮膚に赤い筋が走ったかと思うと、それが裂け目となり、中の筋肉繊維がブチブチと音を立て、付け根から外れて行く。
 そして、それは全身に広がり、身体自体を支えられなくなって、崩れて行き、身体の下に、血溜まりを作る。
 その間、恐らく痛みは、佐織の感覚には、知覚出来たのであろう。
 耳にこびり付くような悲鳴を上げ続け、笛の音のような音になり、最後にはヒューヒューと言う擦過音が聞こえて来た。
 箱を開けた10分後には、佐織は血溜まりに横たわる、肉の塊に変わっていた。
 吐き気を催す程、想像を絶する、壮絶な副作用だった。
「今の身体の崩壊の仕方は…。恐らく染色体の結合が、破壊された感じね…。中性子を浴びたのに似てるわ…」
 晃が医者らしく、状況を呟く。
 俺は、そんな事は糞喰らえだった。
 人の命を[物]のように扱う、組織も許せなかったが、これを送り付けて来た、この[ゲーム]の勝者の意図に気付き、新たな怒りが燃え上がった。
 その意図とは[はい。これで、ゲームは終わりだよ。ごくろうさん]そう言う意味合いの物だ。
 そいつは、俺に佐織の最後を見せて、俺の怒りも、憎悪も、悲しみも、家族達の苦しみも、葛藤も、諦めも、優葉の痛みも、苦悩も、悔恨も、正二達の慚愧も、謝罪も、破滅も、そして涼子と香織の屈辱も、恐怖も、絶望も、全て舞台の幕を引く様に、勝手に終わりを宣言していた。

 ソレに気付いた俺の視界を、何かが無数に過ぎる。
 頭の中で、[ワーン、ワーン]とサイレンの様な音が鳴っている。
 目に見えている物が、意味を無くし、頭がボォーッとして来た。
 すると、突然晃が俺の肩に手を当て、必死な表情で何かを訴えているが、俺の耳には[ガキッ、ゴキッ]と耳障りな音が響くだけで、晃が何を言っているのか、全く分からない。
 そんな中、突然俺の左の頬が衝撃を感じ、同時に熱も感じた。
 俺が、目の前の晃に視線を向けると、晃は涙を流しながら、必死な顔で俺の名前を呼んでいた。
「良ちゃん!」
 晃の叫び声で、さっきから鳴っている耳障りな音が、俺の奥歯が軋んでいる音だと気付き、視線を過ぎっていた物は、眼球の血管を流れる血流だと、理解する。
 俺は、大きく長く息を吐き
「晃。大丈夫だ、有り難う…」
 晃に感謝しながら、深呼吸した。
 俺はこの時、初めて経験した。
 頭に上った血が、眼球を走る事も、起きたままで食い縛った歯が、歯軋りと同じ音を立てるのも、そして、それらの事に自分自身では、全く気付かないと言う事を。
 そして、それが憤怒と言う状態である事も、初めて理解した。

 俺は、只の肉塊に成った佐織を見詰め
(巫山戯るんじゃ無ぇ。勝手に、部外者が幕を引くなんて、俺は絶対許さない!この、送り主を見つけて、俺自身が幕を引いてやる)
 俺は、自分の心にその思いを刻み込んだ。
 俺自身に、新たな獲物が出来た瞬間だった。
 こうしてどういう形にせよ、関係者は全てそれぞれの結末に行き着き、復讐は終わった。
 命を落とした者、心を閉ざした者、組織に売り渡された者、それぞれの行き着く先は、同じだろう。
 いや、俺も含め全ての者の行き着く先は、地獄しかない。
 ただ、俺の手元に残った者は、その生有るあいだ、俺の走狗として最後まで、役に立って貰う。
 その為には、奴隷の服従心の強化と、各々の地盤の確保は必須条件だろう、これはどんな方法を使っても、確保する必要が有る。
 こんな、人の命を物としか扱わない組織は、俺が中から食いつぶしてやる。
 組織に俺の牙を食い込ませる、その日まで精々奴隷達には努力して貰おう。

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