とある悪魔のものがたり
紅いきつね:作

■ 3

香織の叔父さんの家とやらは、バス停から歩いて15分ほどの場所にあった。
森に囲まれた隠れ家というような雰囲気で、造りもログハウス調の落ち着いた感じだ。
「へえ、いいところだなあ。」
「そうでしょ。お気に入りなんだ。」
玄関の鍵を開けて入ると、すぐリビングになっていた。
丸太を加工したらしいテーブルが中央に置かれ、部屋の隅には暖炉まである。
室内は使い込まれた木材の渋い色調で統一されていた。昔見た映画の主人公はこんな山小屋に住んでいたなあ・・・祐悟は思った。
「どうしたの?」
ぼーっと立っている祐悟に香織が声をかける。
すでに食材を冷蔵庫の中に収納しているところだった。
「あ、ごめん。手伝うよ。」
「ううん、ここはいいから。そっちの奥に部屋があるから荷物置いてきてくれる?」
「おう」
香織のと自分のバックを持ち教えられた部屋へ入ると、12畳もあろうかという広さの中に、白い清潔なシーツのかけられたベットがあった。
枕が2つ並べられているのを見て(いよいよ今日・・・)と我知らず頬が緩む。
試しにベットに腰掛けてみると程よい硬さのマットレスだ。
(しかし留守にしている割にはきれいだな)
家の外もそうだが、部屋の中も塵ひとつ落ちていない。
定期的に業者に掃除をさせているのだろうか。
(まあ旅行が掃除から始まるよりはいいよな)
「祐悟〜、ちょっと手伝ってくれる?」
そう納得したところで呼ばれ、祐悟はベットから立ち上がった。

「…すげえな」
テーブルの上に並べられた料理を見て祐悟はただただ感嘆の言葉しか出てこなかった。
「驚いた?」
向かい側に座った香織が得意気に微笑む。
祐悟としてみれば、簡単な料理でも構わないと思っていた。彼女が自分の為に作ってくれる料理なのだから、それだけで嬉しかったのだ。しかし出来上がった料理はレストランで出されたものと言っても過言ではないほどだった。名前は分からないが凝ったものであるのは一目瞭然だ。
実際、午後の殆どが香織が調理する時間に使われてしまったのだから当然と言えば当然なのだが。
「いや、まじ凄いよ。店開けるんじゃないか?」
「ふふ、ありがと。でも私は誰か一人のためだけに作りたいの。」そう言いながら祐悟を見つめる。
「そっか」
俺の為にか…
そう思うと照れてしまう。
「ありがとな」
「どういたしまして。でね、じゃじゃーん」
香織が取り出したのはワインボトルだった。
銘柄など分かりようもないが、何となく高級そうなワインだ。瓶に張られたラベルがきらきらと光っている。
「さ、酒かよ」
以前ビールを少し飲んだことがあるが、ただ苦いだけだった。何でこんなものを美味そうに飲むのだろうと思ったものだ。
「そうよ。…記念の夜だからちょっとだけ。いいでしょ?」
香織に上目遣いでそう言われると反論できなくなってしまう。それにワインなら葡萄ジュースのようなものだろうし、何だか映画のワンシーンのようでいいかもしれない。祐悟は頷いた。
香織はそれを見て微笑み、優雅な手つきでグラスを二つ用意した。真っ赤な液体がグラスを満たしてゆく。
(まるで…血みたいだな)
何故だかそんなことを連想してしまう。
「はい、どうぞ」
目の前にグラスが置かれ、祐悟は手に取った。
「二人の夜に乾杯」
格好付けてそんなせりふを言いながらグラスを目の高さに上げる。
香織も同じようにグラスを上げ、静かに合わせる。チンと軽やかな音が鳴った。
ワインを口に含む。想像していたのとはまるで違う芳醇な味が広がった。
(案外美味いもんだな…)
感心しながらまた一口飲む。
「どう?」
「いや、葡萄ジュースみたいなもんだと思ってたけど、全然違うんだな。美味いよ」
「よかった!さ、冷めないうちに食べて」
グラスを置き、スプーンを手に取ったその時。
「あ、あれ?」
視界がぐにゃりと歪む。
そして頭がくらくらし、同時に強烈な眠気が襲ってくる。
(な、何だこれ。ワインを飲んだからか!?)
グラスが割れる音と香織の声を遠くに聞きながら、祐悟の意識は暗闇へと落ちていった。

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