特別授業−現場主義
百合ひろし:作

■ 1

春、また新聞に出ていた―――。毎年毎年何処かの名門校と言われる高校が喫煙事件起こして大会出場辞退をしている。今年も例外では無かった。今回は野球部で、しかも甲子園出場10回、優勝経験もある名門中の名門だった。
中埜夏奈子は新聞を見ながらふぅ、と飽きれ気味に溜め息をついた―――。よそで発覚した時に仮にその時既に自分達も手を染めていたのならその時にやめておけば良かったのに、ましてやその後に始めたとしたら何を考えてるのか、と。
しかし、夏奈子は同時に一つの疑問が起こった。法律で禁止されているとか言う以前の問題として、煙を吸うわけだからスポーツしてる人に良いわけないではないか。しかしなぜ運動部にまん延しているのか―――?

ほんの出来心だった―――。夏奈子はそういった疑問は実際吸ってみれば解ると思って、態々隣町まで行って年齢確認しない店で買い、休み時間に学校の屋上で吸っていた。
「ゴホゴホッ」
夏奈子は激しく咳き込み、その後煙草の火を消そうとしたが、コンクリートの床に落として足で消したらばれてしまう可能性が高いので予め用意していた携帯用の灰皿に煙草を突っ込んだ。そして、疑問の答えを得る事は―――出来なかった。

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それから3ヶ月後―――。中埜夏奈子は何時もと同じ様に朝シャワーを浴びた後、髪をツインテールにまとめ、下着の上に通学している海浜学園の制服を着た。夏服は半袖のワイシャツに赤紫色の蝶ネクタイ、そして茶色のスカートである。夏奈子も例に漏れずスカートは短くしていた。いや、短いのを買って穿いていた。夏奈子は身長166cmと大柄で顔付きも整った大人びた顔で、それでいてこの年では珍しいツインテールの髪型、そして真面目な性格で人の陰口を言ったりしない為かそこそこ人気があった。何故そこそこなのかというと、夏奈子は口数が少なかったからだった。また、海浜学園は女子校なので夏奈子には彼氏は居なかった。
夏奈子はいつも小さなグループの中にいた。そのグループの中でも、またたまに他のグループの人と行動を共にした時も良く、他校の男子を紹介するとか言われていたが、実際に付き合うまでは行かなかった―――。


衣替えがあった直後にプール開きがあったが、それから暫くはどんよりとした気候が多かった為に水温が上がらず、水泳の授業は行われなかった。しかし、梅雨が明けると一気に気温が上がり待ちに待った水泳の授業が組まれた―――。
夏奈子は水着を忘れて行った事に気付いた。しかし自宅は高層マンション―――、学校までの道のりの半分以上行ってしまった上にあの高層マンションの20階まで、例えエレベーターとはいえ乗って戻る気にはならなかった。
「一日諦めて、見学すればいい―――か」
今来た道を振り返り、夏奈子は呟いた。

実際その授業の時―――、夏奈子は授業を見学した。唯プールサイドで座って見ているだけ、と言えばそれ程厳しいものではないだろうと思うかも知れないが、何と言っても夏の猛暑の中のプールサイドである。他の生徒はプールに入ったりしているので体が適度に冷やされるが夏奈子はずっと炎天下の中に居たのだからかなり厳しかった―――。まあもっとも熱中症にならない様に水を渡されていたが。
因みに海浜学園は教師も女性教師のみである。最近はセクハラ等が大きく取り上げられる他、電車の車両も女性専用が増えた。この学園も同じ様に何か起こる前に先に手を打って、生徒が女子のみなら教師も女性のみという風に理事長が決めたのだった。つまり、この体育の水泳の授業をしているのも女性教師―――なのである。

次の日―――、夏奈子は職員室に呼び出された。呼び出したのは体育の教師の富永恵子だった。夏奈子よりは身長が低く160cm前後、そして体育の教師らしく白いジャージ姿が似合うショートカットの髪型とスポーツマンな体型だった。彼女は夏奈子に向かって、
「ちょっと放課後―――、そうね、18時過ぎに体育館の体育教師室に来てくれる?話したい事があるわ」
と言った。夏奈子は、
「はい、分かりました」
と言ってその時は話はそれで終わった。夏奈子は、なんだろう、と疑問に思った。しかし考えても分からないのでその指示に従うしかなかった―――。



放課後―――、夏奈子が恵子に指示された体育館の体育教師室に行った。ドアを叩くと、
「どうぞ」
と声がしたので中に入った。恵子は先程と同じ様に白いジャージ姿で椅子に掛けていた。夏奈子が入って来てドアを閉めたのを確認すると立ち上がって、
「貴女は補習です。昨日水着を忘れたでしょう」
と言った。夏奈子は、
「はい、忘れましたが……今日補習ってことでしたらさっき……」
と答えた。先程恵子はそんな事は一言も言わなかった。ただ、この部屋に来い―――と、それだけを言ったに過ぎなかった。つまり夏奈子は体育の授業の補習を受ける準備等全くしていなかったのである。恵子は、
「私がここに呼び出した時点で、その辺は空気を読んで欲しかったわ。まあいいけど……」
とにっこり笑って言った。夏奈子は、
「済みません、分かりました。準備して来るので待ってて下さい」
と言い、ツインテールを翻してドアを開けようとした。しかし幾等ドアノブを回そうとドアは開かなかった。
「先生、ドア開きません。開けてください」
と言ったが恵子は、
「準備する必要も無いし、ドアも開けないわ」
と目を細めて言った。夏奈子は、
「え……何故ですか?」
と聞いた。恵子は、
「そうね……、貴女が受けるのは特別授業までの補習だから―――ね」
と答えた。

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