内側の世界
天乃大智:作

■ 第2章 きよしちゃんとキーボー3

 巨大な港湾都市は、例外なく夜景が美しい。今も、眼下に宝石を鏤めた様な百万ドルの夜景が広がっている。真夜中だと言うのに、引切無しに大型船舶が航行し、湾岸道路は、暴走族のサーキットと化していた。バリバリと鳴り響く爆音が聞えて来る。高い位置に居ると、遠くの音が良く聞こえる。
 不夜城とは、良く言ったものね―
 この街の明かりが消える事なんて、あるのかしら? 涼子は思った。
 いつもの週末の風景であった。点々と密集した明かりと、動く車のヘッドライトが、弧を描く港湾から山の麓まで埋め尽くしていた。
 長いキスの後―
「もうそろそろ、行かない? 」涼子は、ヒロシに言った。
 先程から聞えていた暴走族の爆音が、近付いて来ている。夜景の名所である、この山上のパーキングには、涼子たちの様なアベックが大勢居た。彼方此方の車が揺れている。週末、ホテルから締め出された、若き恋人たちの濡れ場である。そういう穴場には、若者たちが、集うのである。暴走族も然り、である。涼子は、そんな暴走族の抗争に、巻き込まれたくはなかった。止まっていた車が、数台、動き出し始めた。
「どうして? 」
 ヒロシは、一瞬、涼子を見詰めた。その瞳には、欲望が漲っていた。倒されたシートの上で、涼子の白い太腿が波打ち、ブラウスの胸元は肌蹴、白い胸の谷間が覗いている。ヒロシの顔は、涼子の乳首を求めて白い谷間を弄った。涼子の細いウエストから、ミニスカートの下を潜って、ヒロシの手がモゾモゾ動いた。ミニスカートから、白いパンティの食い込んだ、丸い尻が、露出する。涼子の、柔らかな尻が、内腿が、不器用に摩られた。
 ヒロシは、暴走族の接近に気付いていながら、態と聞いたの?
 それとも、気付いていないの? 
 どうして? って、こっちが聞きたいわよ―
 どうして、男の人は、こういう時、気付かない振りをするのかしら?
 その方が、男性的だと思っているのかしら?
 まーっ、逆に慌てられても、困るけど―
 この公園は、暴走族の集会に使われる事がある。其処に居たアベックが襲われ、女は輪姦され、車は壊される。そんな新聞沙汰にもならない事件が、頻繁に起こっている。
 その事、ヒロシは知らないの?
 理由を言わないコミュニケーションが在る事を、ヒロシは知らないの?
 涼子は、股間を愛撫するヒロシの手を制して言った。
「お腹が空いたの? 」
「それじゃ、屋台のラーメン屋にでも行く? 」
 ヒロシは、涼子の胸元から顔を上げて言った。ヒロシの口から、涼子の固くなった乳首が現れた。
「ええ、良いわ―」
 ヒロシは、涼子の白い乳房を撫で回すのを止めた。涼子に覆い被さっていたヒロシの体が、運転席に戻る。涼子はシートを起すと、ブラウスから覗いている白い乳房をブラの中に隠す。お腹まで捲り上がったミニスカートを、ずり下げた。尻の下にたくし込む。涼子は、ほっそりとした体つきである。胸も大きい訳ではない。しかし、地下鉄などでは、男の視線を集めるのである。胸元に色気があるのである。それは、そのシルクの様な肌理細やかな、肌の所為であった。思わず触りたくなるような、赤ちゃんの様な、柔らかな、白い肌である。涼子は、胸元の開いた服を好んだ。癒し系の容姿と、その白い胸元が、男心を擽るのであった。
 鈍感な人―
 やっぱり、この人とは、合わないわ―
 前から、そう思っていたの・・・
 一人になると、寂しいのよ。ヒロシと別れない理由は、それだけであった。ヒロシも他で、女の子と会っているみたいだし・・・お互い擦れ違ってしまったのよ。
 何時からかしら―
 二人は、同じ大学の、同じサークルの同窓生。あの頃は、お似合いのカップルと言われた。でも、私が就職してからなの、二人の関係が気まずくなったのは―ヒロシは、大学を卒業出来なかった。もう一度、四回生を送る事になった。
 あれからね―
 この関係を修復するよりも、新たな出会いを求めた方が良い。学生は、子供なのよ。ヒロシは子供。就職して、大人の男性に巡り会った。涼子は会社勤めを始めて、社会の広さを感じていた。大人の男性の魅力に気付いていた。
 涼子は、別れを決めた―
 二人の乗ったワーゲン・ゴルフは、くねくねカーブの続くスカイラインを下った。FMラジオから、浜崎あゆみの「SEASON」が流れている。
「あの―」
 涼子は、言い掛けて止めた。
「なに? 」
 ヒロシが、涼子を見た。
「危ない―」
 涼子は叫んで、ダッシュボードにしがみ付いた。大きなカーブを曲がり切った所に、樋熊が居た。後足で立ち上がっている。
 えっ、熊? 
 いいえ、人間だわ・・・
 大男よ・・・
 危ない―
「キャーッ」
 キ、キ、キ、キーッ。ガシャン。グシャ。
 ワーゲン・ゴルフは、お尻を激しく振った。車体が揺れ、つんのめる様にして横転した。ワーゲン・ゴルフは、ガードレールを突き破り、五メートル程下がった所に生えた大木に突き刺さった。ワーゲン・ゴルフのフロント・グリルの辺りから、ラジエターから漏れた蒸気が吹き出した。大木のお陰で谷底への転落を免れたのだ。
 シューッ。エア・バックが膨らむ。涼子は、朦朧とした頭で、運転席を見た。気分が悪い。少し、気を失っていたかも知れない。運転席には、ヒロシは居なかった。

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