内側の世界
天乃大智:作

■ 第3章 不良4

「お前は、儂の息子じゃねえな。前から、そう思っとったんじゃ。儂に全然似てねえしな。誰の子か分かったもんじゃねえ。あの女・・・」
 父さんは、町を出て行かなかったのだ。仲間を引き連れて、武器を見せ付け、僕を脅している。
 僕の体の奥底から、怒りが湧き上がってきた。細胞の一つ一つがふつふつと沸騰して、泡立つ。全身から湯気が上がる。筋肉が隆起し、血管が浮き立つ。僕の中で、何かが切れた。プツ、と言う音まで聞こえた。肉体から、殺気が溢れ出た。体全体から怒りが発散し、体を覆う空間を歪める。肉体に、空気中のエネルギーが凝縮され、少し大きくなった。周囲の重力が変わる。肉体が燐光を放つ。僕の瞳が、金色に光る。額に縦皺が寄り、眉が吊り上る。憤怒の形相であった。鬼気迫るものがあった。
 そのただならぬ気配に、男達は、一瞬、身を引いた。この手の男達は、危険には敏感である。
 僕は、最後まで聞いていなかった。僕は、父さんの顔面に殴りかかった。父さんは、身を引くと、僕の包囲網から下がった。
「おおっと、儂は、怪我人でね」
 ガツンと僕の背中に衝撃が、走った。肉や骨を硬いもので叩く、あの気味の悪い音が、体の中から聞えた。足や腰、腹部、頭部に打撃を食らった。全て背後からの攻撃であった。木刀や鉄パイプで、ところ構わず殴られた。滅多打ちであった。
 普通なら、肉は裂け、血が吹き出し、骨は砕かれる。父さんは、僕を殺す気だ。少なくても、半殺しにする気なんだ。しかし、僕は立っていた。
 一瞬、男達は攻撃を止め、顔を見合わせた。その顔に戸惑いが浮かぶ。
 僕は、反撃に転じた。僕の肉体に何かが乗り移った様であった。そうとしか考えられない。僕は、意識しなくても肉体が勝手に動いた。と言うか、記憶が跳んだ。
 七、八人の得物を持った男達を十数秒で片付けていた。気が付いた時には、ウンウン呻く男達が、転がっていた。
 残るは、父さんだけであった。父さんは、大きく口を開け、固まっている。
「た、た、助けてくれ。な、な、この街を出て行く。わ、儂は、お前の親父だぞ。な、頼む」
 僕の思考は停止していた。何かが僕を支配していた。黙って近付くと、無意識に父さんの膝を蹴った。
 ボキィ。
 骨の砕ける気味の悪い音がした。
「うぎゃー」
 父さんは、引っ繰り返った。父さんの膝は、曲がる筈のない角度に曲がっていた。父さんは、これから一生、松葉杖のお世話になることであろう。
 僕は、苦痛の為のた打ち回る父さんを跨ぐと、悲鳴を背に受けて、夜の街に消えた。

 その夜、いつもの悪夢を見た。
 今日は、続きがあった。
 続きなんて、見たくもなかった。
 其処は大きな空間であった。闇の中に存在する、より深い闇。その中に存在する悪魔の叫び声が聞える。
「やれ」
「殺せ」
「喰らえ」
 その悪魔達の声は、合唱となり僕の傷ついた体を震撼させた。悪魔は、遠巻きに僕の様子を窺っている。その内の一匹が、恐る恐る近付いて来ると、僕の体を醜い足の爪先で突いた。
 僕は、はっとした。意識が飛んでいたらしい。僕は、その醜い山羊の蹄を?んだ。
「ひぇーっ」と悪魔が叫ぶ。
 僕は、悪魔に怖がられている様であった。瀕死の状態でありながら、僕は可笑しかった。手に?んだ足を引っ張ると、悪魔が仰向けに倒れた。僕は、立ち上がった。悪魔の股間を踏みつける。勃起した、腕の様に巨大な男根が拉げて、粘液が跳び散った。
「ウギャーッ」と悪魔が悶絶した。
 体が言う事を利かない。よろよろと僕は、前に進んだ。どうして、僕は、前に進むんだ。逃げろ。逃げるんだ。僕は、僕に叫んだ。殺される。しかし、何かが僕を突き動かしていた。どうしても、遣らなければならない事がある。それは、何だ。分らない。でも、僕は、吸い寄せられるように、何かを求めるように、前に進んだ。僕は、躓き、つんのめりながら、手でバランスを取って、フラフラした。それでも、僕は、前に進もうとした。
 懐かしい顔が浮かんだ。愛しい人たちの顔が浮かんだ。僕の知らない人たち、僕の愛する人たちの顔だ。それは、イメージであった。顔貌は分からない。いや、しっかりと見えた。しかし、見た直ぐ後から、記憶が消えた。
 僕は、尚も前に進もうとしたが、思うように体が言う事を利かない。苦しみながら、もがきながら、前に進もうとした。
 体が重い。足が重い。腕が重い。背中を何かで刺し貫かれた。光が僕に、突き刺さった。僕の体から力が抜けた。そして、僕は、ゆっくりと倒れて行った・・・
 暗闇が訪れた。

 そこで、目が覚めた。僕は、目が覚めても、這い蹲って前に進もうとした。体が急に軽くなって、我に返った。・・・夢、であった。夢に出て来た人たちは、・・誰だろうか。はっきりと見たはずなのに、思い出せない。記憶がどんどん流れ出し、消えて行くのである。懐かしい思いと、遣り残した思いで、僕は、どうしようもない思い、やり場のない怒り、絶望的な悲しみを感じた。
 それで、また、次の日から、身なりのいいヤツ、威張っているヤツを、叩きのめして憂さを晴らした。だから、母さんが泣いても、僕は喧嘩を止めなかった。学校も、警察も、何も言って来なかった。先生も警察も、諦めているんだと思った。
「この子は、矯正できない。ヤクザになるしかないと。そして、早死にするだろうと―」
 大きな力で守られている事を、僕は知らなかった。

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