内側の世界
天乃大智:作

■ 第5章 別れ1

 神木の生えた森。
鬱蒼(うっそう)とした森に、神木が立ち並んでいる。
洞窟神社を見下ろす巨大な神木に、巨大な人影があった。
人影には、三本の角が見える。
神木と同化した影は、気配を感じさせなかった。
太い幹から一本、太い枝が伸びている様にしか見えない。
殺気が感じられないのである。
 しかし、周囲には死臭が漂っていた。ほんの数十分前まで、死闘が繰り広げられていたのである。
音を立てない、身も凍る様な殺戮であった。
そんな気配を微塵も感じさせていない。
 良く見るとそこだけ、冷気を感じさせる様な重々しさがある。
それは、プロの暗殺者。
そんな気配であった。
その暗殺者の目が、金色に光る。
 洞窟神社から、一人の少年が出てきたのである。
 少年は、一瞬、顔を上げて暗殺者と目が合った様に思われたが、直ぐに前方やや下気味を注視しながら、歩き始めた。
何か考え事をしているのか、目が空ろであった。
「どやった? 」暗殺者が、聞く。
 ぱさぱさ。
 梟(ふくろう)が飛ぶ微かな羽音がした。
天狗(てんぐ)が、近付いて来たのであった。
暗殺者より上の大枝、三メートルほど上に止まった。
それで、二人の目線の高さが揃う。
それでいて尚、暗殺者の背の方が高い。
「まだ迷っているな・・・、原因は、あいつの母さんだよ」
 天狗が、答える。
「このまんま連れてったら、あかんのかいな? 」
 暗殺者の迫力のある瞳が、天狗を見下ろした。
「天鬼は、まだ鬼に化成していない。内側の世界(インサイド・ワールド)への旅が、あいつを鬼にする」
「旅が試練になる、ちゅう事かいな? もう、難儀やな・・・、ほんま辛気(しんき)臭いのう」
 暗殺者は、舌を鳴らした。
無精髭の生えた顎(あご)が歪む。
「で、どうだった? 」
 天狗は、追手の事を聞いたのである。
「あ、あん」
 暗殺者は、やっと思い出した。
そんな事どうでも良い、そんな感じであった。
「三匹来よった。二匹は、いてもうたけど、金色の角をしたヤツには、逃げられてしもたわ」
 暗殺者が、事も無げに言った。
その体からは、死臭、死の気配が漂っている。
「二千年待ったんだ、あともう少し・・・」
 天狗が、呟(つぶや)く。
「しかし、天鬼は可愛いのう。ガキっん頃に戻ったんやな」
 暗殺者が、小さな少年の後姿を見送った。



「お、おい・・・」
 しばらく待ったが、きよしちゃんは、戻っては来なかった。
洞窟神社を出る事にした。
洞窟から出て、何かが神木の上に居るような、そんな気がした。
しかし、何も居ない。
何も見えないのである。
寒気のような、冷たい霊気が、わだかまっているように思えたのである。
何かの霊なのであろう・・・殺気は感じられなかった。
その気配も、今は感じない。
僕は、歩き始めた。
帰る道々、母さんに、何て言おうかと考えた。
今日は、帰りたくはなかった。
母さんは知っていると、きよしちゃんは言っていたが、それが、いつなのかは、知らない筈だ。
どうしよう・・・母さんの事を考えていたら、急に涙が出てきた。
 僕が、泣く? 
ほかのヤツらが見たら、きっと、吃驚(びっくり)するだろう。
もう会う事もないけど・・・
しかし、遠くまで来た・・・ここは、どこだ?
さっき、きよしちゃんに手を引かれて飛ぶように、来てしまったのだ。
洞窟神社の神木の森を下って、ようやく見当が付いた。
夏の夜風が、髪を洗う。
不思議に蚊が、寄って来ない。
二時間掛かった。
 やっと僕と母さんの住んでいるアパートの前に着いた。
部屋の明かりは消えていた。
玄関の所だけが、いつも点いている。
玄関の鍵を開け、そっと中に入る。
母さんは、寝ていた。
明日も、母さんは朝から仕事であった。
僕は、ほっとした。
母さんに別れを言わずに済む。
僕の夜遊びは、いつもの事だから、母さんは気にしてない様子であった。
ちゃんと僕の晩御飯が用意されていた。
鯖の塩焼きと味噌汁である。
食欲はなかった。
それでも、食べ始めると、お腹が空いてきた。

■つづき

■目次

■メニュー

■作者別


おすすめの100冊