内側の世界
天乃大智:作

■ 第6章 夜空(やくう)3

目に見えている景色は、綺麗であった。
眼下には、雄大な山脈が、連なっている。
風月、変わることなし。
山々の息吹が、伝わってきた。
冬の日本海で育った僕には、山脈は見応えがあった。
雲の上に出ると、そこは、雲海であった。
山々の頂が、島のように顔を出している。
僕は、見惚れた。
やっと、心も晴れて来た。
そして、疑問を口にした。
「鬼が島って、どこにあるんだ? 」
「遥か南方、沖縄だよ」
「沖縄? そんなとこまで、どうやって行くんだ? お金なんか、無いよ」
「人力、いや、天狗力飛行艇だよ」
「―!?」
 僕は、きよしちゃんの冗談が分からなかった。
「要するに、俺が、このままキーボーを抱えたまま飛んで行くって事―」
「大丈夫なのか? 」
「心配なのか? 」
「まーな」
 僕は、心配そうな顔をした。
振り返った僕の、横顔の眉が顰(しか)められた。
「安心して良いよ。乗り心地は良いし、天狗は、地球を何周も飛べるぐらいタフなのさ」
「あ、そう」
 落ち着いたら、急に、危険に気付いた。
僕は、後ろからきよしちゃんに、脇の下を抱えられている。そして、僕の股の間を通した布を、両手でしっかりと握っているのである。ちょうど、ハング‐グライダーに乗ってると言う感じであった。
そう、見えるだろう。
「今、こんな無防備な状態で、襲われたら、ひとたまりもない」
「大丈夫さ。悪鬼は空を飛べない。飛べるのは、聖魔と悪魔だけさ」
「悪魔が、来たら? 」
「今は、悪魔は、近くには居ない」
「どうして分かる? ・・・はい、はい、テレパシーね」
「いーや、レーダー波だよ」
「・・・? 」
 テレパシーとは、相手の思念を読み取る事である。想念の通信と考えてもらっても良い。レーダー波とは、相手の「気」、つまり、気配を読み取る事らしい。
テレパシーの感応範囲は、比較的狭い。目視出来る範囲が、限界である。レーダー波は、遥かに広い範囲をカバーする。
今、レーダー波感応圏内に、敵は居ない。
そう言う事らしい。
僕の髪を風が、嬲(なぶ)っていく。
 かなり上空を飛行しているのだが、寒さは感じなかった。きよしちゃんは、人里を避け、飛行している。
「悪魔や悪鬼は、もともとは、人間だと言ったよな。どんな連中だ? 」
「悪魔は、憎しみの化身で、悪鬼は、悲しみの化身ってところかな。悪鬼は、ただの鬼だが、悪魔は、それを、統率している。はぐれ鬼は、そのほとんどが、悪鬼だよ。
悪鬼の中に、魔鬼(まき)といわれる新しいタイプの鬼が現れたのさ。魔鬼は、普通の悪鬼よりも体が大きく、青い肉体をしている。瞳も青だな。しかし、数は、ほんの僅かだよ。二千年位前から、この地球上に現れている。
それで同じ頃、悪魔の中にも、魔羅(まーらー)と呼ばれている新しいタイプの鬼が、現れたのさ。魔羅は、体も瞳も赤色でね、やはり、大きいんだ。そして、人間を憎んでいる。
 それまでは、悪魔同士が、殺し合いをしていたのさ。
悪魔には、テリトリーがあって、自分の縄張りを固守するのさ。だから、団結なんかしない。それぞれのテリトリーで、人間を食料にして、コロニーを造って、人間と共存していたのさ。
悪魔崇拝が、それだよ。悪魔は、一匹狼なのさ。そのテリトリーを守る為に、侵入してきた敵と戦うんだ。情け容赦無しにね。
例えば、歴史上の神がかり的に強い英雄は、鬼なんだよ。アレキサンダー大王、ラムセス大王、アーサー王、ジンギス・カン、始皇帝などは、みんなそうだ。
英雄たちは、王冠を被(かぶ)っているだろう? 王冠は、角隠しなんだよ。あまり、地上界で鬼が暴れ回る様だと、魔界から、鬼神様がお出ましになって、鬼を退治するのさ。キーボーのお父上の仕事だな。
 それが、魔羅が現れて、事態が一変した。
魔羅が、悪魔を統合し、悪魔の下で、魔鬼が、悪鬼を統合し始めた。今では、地球上に、悪魔の地下組織が出来上がってしまった。魔羅は、人間との共存よりも、地球の植民地化を狙っているのさ」
「植民地化? 」
「平たく言えば、人間の家畜化だな」
「どうして? 」
 僕は、身を捩(よじ)って、きよしちゃんをみた。きよしちゃんは、遠くの方を見詰めている。風が、勢いよく流れた。きよしちゃんの黒髪が、靡(なび)いている。
「人間は、地球を破壊するからさ」
 僕は、ここで考えをまとめてみた。少し混乱したのだ。
人間の想念が、募り募って恨みとなり、人間を鬼へと化成する。
今度は、その鬼が人間に復讐をする。
 ん―
 鬼族には、聖魔と悪魔と悪鬼がいる。人間が化成するのは、悪魔と悪鬼。
 聖魔とは、何だ?
 ん―
 悪魔とは、何だ?
 ん―
 人間の天敵と考えれば、どうか。
 増えすぎた人間を減らし、地球環境を保つ為に、地球が生み出した生物。
 いや、こうも考えられる。
 鬼は、人類の未来形。
 人が進化して鬼になる。
 ん―
 いずれにせよ、悪魔や悪鬼は、人間の植民地化を狙っている。
 人間の家畜化。
 悪魔・悪鬼は、悪魔崇拝の教団や小さなコロニーを築いて、細々とやって来た。
それが、なぜ、急に人間の家畜化を考えるんだ。
・・・
 環境汚染。
 悪魔は、神様じゃない。
 地球の環境が破壊されると、悪魔にとっても不都合な点があるんだ。
 悪魔にも弱点がある。
 食糧危機。
 母さんが、喰われる。
「それじゃ、母さんを助けなきゃ」
「慌てるなよ。今直ぐの話じゃない。お前のお母さんが、生きてる間は、まだ、大丈夫だな。魔羅たちは、それまで、人間が繁殖する事を、喜んでいたんだよ。人肉は、美味いからね」
「きよしちゃん? 」
 僕の声は、大きくなっていた。
「俺は、人肉は食べた事ないよ。そんな必要、ないからね。内側の世界(インサイド・ワールド)―魔界ではね―」
「どうして? 」どうして? というのも妙な質問である。
「内側の世界(インサイド・ワールド)―魔界に行けば分かるよ。そして、魔羅たちは、地球上の支配権を、もうこれ以上、人間に任せておく訳にはいかないと判断したんだよ。もともと、悪魔は、人間に憎しみを抱いているからね―」
 人間への憎しみ。
それは、人間社会が作り出した想念。
 皆が平和に暮らせる世の中。
それなら、悪魔も生まれない。
 人間が、悪魔を生み出しているのなら、それを止めるしかない。
 理想郷。
人々が、信じあえる社会。人々が、疑う事のない社会。
 現実的には、ありえない。
人間は、そう思っている。
 果たして、そうか?
 僕は、聖魔になろうとしている。
聖魔は、鬼族である。
鬼、である。
 それでいいのか?
 鬼とは、想像上の恐ろしい生き物。
人型をとり、牛の角と虎の牙があり、怪力で気性は荒い。勇猛・無慈悲・異形・巨大である。
それが、鬼、である。

 僕の胃袋が、内容物を求め、収縮運動を始めた。グーッ、と鳴った。
「まだかな? 」
「・・・? ―何が? 」
「鬼が島。腹減ったよ」
「人間は、これだから面倒だよな。腹減っただの、眠いだの、病気になっただの・・・緊張感に欠けるね。今、色々と高尚な事を考えてたんじゃなかったのか? 」
「きよしちゃんは、食べないのか? 」僕は、聞き返した。
「いや、食べるよ。ただ、人間ほど食べないのさ。水分の補給さえすれば、一日一回食べれば十分なんだよ。我々は、人間よりも遥かにエネルギー効率が良いんだ。
植物や他の動物から、エネルギーを分けてもらったり、太陽エネルギーや、空中のエネルギーや、ま、そんなものを吸収する事も出来るのさ。時期にお前もそうなるよ。化身するとね」
“ぐーっ”僕のお腹は、猛烈な勢いで抗議した。

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