内側の世界
天乃大智:作

■ 第6章 夜空(やくう)6

 次に目覚めたとき、僕は一人であった。
僕は、暗い部屋を抜け出した。
僕が寝かされていた寝室は、窓のない部屋であった。
この城は、大変古い石造りの城郭であった。
僕は、暗い廊下を進み、階段を上り、城壁の上に出た。
小鳥たちの朝の声が、聞こえた。
苔に覆われた城壁は一部が崩れ、そこから樹木が生え出ていた。
これでは朽ち果てた古城―誰もがそう思うであろう。
 霧のかかった山並みを見詰める。
朝であった。
「旅立ちますか? 」
吸血鬼・夜空の静かな声であった。僕は、振り向かずに黙っていた。
「私どもが、ご案内します。内側の世界(インサイド・ワールド)に戻られるのでしょう? 」
 僕は、振り向いた。
そこから、夜空の声が聞こえていたのである。
夜空の姿は、そこにはなかった。
僕は前を向き、小鳥たちの囀(さえず)りに、耳を傾けた。

 その日、日が沈んでから僕たちは出発した。
 黒塗りのハイラックス・サーフであった。窓ガラスはすべて、日光を遮断するスモークシールドが張られている。
夜空と吸血鬼血族の精鋭が五人、そして、僕が乗り込んでいた。ヴァンパイアの精鋭たちは、マシンガンで武装していた。
 黒塗りのハイラックスは、四輪を駆動して、ガタゴトと無舗装の道を進む。驚いたことに、吸血鬼血族のドライバーはヘッドライトを点灯しなかった。
その眼だけが、不気味に赤い燐光を発していた。暗黒の山岳地帯を四駆のエンジンの音だけが、木霊(こだま)した。時折踏むブレーキランプが、赤く点滅した。
 やっと舗装道路に出た。そこでドライバーは、ライトをオンにした。そこからは、快調に飛ばして高速道路に侵入した。
会話はなかった。
真夜中の高速は、大型トラックの天下であった。僕たちは、高速を九州まで南下して、フェリーに乗り込む計画であった。
僕は車の窓から、後方へ飛ぶように後退する街灯を眺めていた。
「来たぞ」
夜空の警戒の声である。
その声と、ほとんど同時であった。
左右の窓ガラスが割れた。
ダ、ダ、ダ、ダ、ダ・・・
吸血鬼血族の精鋭は、マシンガンを割れた窓に向かって乱射した。
獣のような声が轟いた。
次の瞬間、吸血鬼血族の精鋭二人が、悲鳴と共に引き摺り出された。
巨大な赤い腕が、掴みだしたのであった。
その直後、ハイラックスの黒塗りの車体が、一瞬浮き上がったように思うと、横転した。
僕はシートベルトのお陰―それは、夜空の進言であったのだか―で、車外に投げ出されることはなかったが、くるくる回る車内を、吐き気を我慢して眺めていた。
吸血鬼の護衛の一人が、割れた窓から吸い出された。
悲鳴が聞こえる。断末魔の叫びである。
ハイラックスは、側壁に車体を擦り付けて、停止した。
引っ繰り返ったハイラックスの下から這い出した僕の目の前に、あの時の、そう、きよしちゃんを殺した赤い悪魔が立っていた。
その後ろを、大型トラックが疾走している。
僕は、反射的に気砲を撃った。
赤い悪魔は、余裕を見せ付けて避けた。
そんなもの俺には効かないと、あざ笑っている。
その刹那であった。
吸血鬼の護衛の二人が、悪魔に突進した。
それは、絶妙のタイミングであった。
悪魔が僕の放った気砲を避けた瞬間の、一瞬の隙であった。
それでも、悪魔は倒れない。
しかし、少し後退した。
ドカーン。ド、ド、ド、ド、ド・・・
物凄い衝突音がした。
赤い悪魔に突進した護衛もろとも、大型トレーラーに轢(ひ)かれたのであった。
それは、驚く光景であった。
吸血鬼血族の二人は、破裂するように消滅したが、悪魔は仁王立ちであった。赤い霧に包まれた、赤い悪魔は、不気味なまでに静かであった。
大型トレーラーは、まるで赤い悪魔に吸い込まれるように、拉(ひしゃ)げてしまった。
完全に停止した。
大きな運転席が押し潰され、荷台の何十トンもの鉄骨の塊が、赤い悪魔に激突しても、悪魔は、微動だにしなかった。
ボーン。
そして、爆発。
凄まじい爆発であった。
その炎の中に、赤い悪魔は立っていた。
にやりと笑うと、僕に視線を向けながら悪魔はゆっくりと歩き出した。
その重々しい歩調に、僕は圧倒された。
吸血鬼・夜空も度肝を抜かれた様子である。
その時、赤い悪魔の胸から、血に染まった赤い太刀の切っ先が、生え出てきた。
悪魔がそれを見下ろす。
その太刀の切っ先が、縦に動く。上に上がる。喉元からUターンして、下に向かった。
悪魔の顔が、苦痛に歪む。
太刀の切っ先が、股間まで縦断した。
左右の肉塊に分断された悪魔の肉体が、飛び散った。
その首に、白い翼が飛翔した。
銀色の太刀が一閃(いっせん)した。
それは、天狗―きよしちゃんであった。
僕が気付いたときには、悪魔の角は断たれ消滅していた。
僕は、声も出なかった。
「キーボーどうした? 幽霊でも見たような顔だぞ」
 僕は、その懐かしい赤ら顔の大きな鼻に見惚れた。

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