愛の妙薬
俊輔:作

■ 序章
第2節 息子の妻 葵ちゃん1

第1話 夢から醒めて

その土曜日の朝のことです。
カーテンから差し込む朝の光が、私の夢に終わりを告げます。
ピアノのけだるい旋律が私に快い朝をプレゼントします。
ベッドの上で、さっきまで見ていた夢はどんな夢だったんだろう?
と一生懸命、考えます。思い出せません。

うっすらと、快感と不安が混じった夢だったような気がしますーー。
でも思い出せません、
だけど、思い出す必要なんてあるか、と自問自答します。

<うん、このピアノの旋律は、エリック・サティだね、ジムノベティ第3番だ、これが夢だったのか?>と思います。
<いや、ちがう、そんな単純なものではなかった、快感とけだるさと不安な要素が入り混じったもの、それがさっきの夢にはあった、それは何だったんだろう?>

次第に目が醒めてきます。
<うん、これは葵ちゃんだ、2階のピアノの音色だ、実に気怠い、完璧なサティの解釈だ>と思います。
私は、現実の世界を取り戻しつつ、夢の世界に思いを馳せます。
でも、どうしても思い出せません。

ブランケットの下が盛り上がっているのを感じます。
著しい隆起です。お薬の余韻が続いています。
思わず手をパジャマの中に運びます。
<これだ、夢の快楽部分はーー。
あれっ、あきちゃんがいない、隣にいない?!>
いつもならもう一度できるのにー、と思います。
私、まだ、ぼーっとしています。
 
 葵ちゃんのピアノは進みます。
4分休符のあと、長調から短調に転調します。
その瞬間、私はサティの和音の中に衣擦れの音を感じます。

<あっ、これだ! これが夢の中で感じた不安な要素だったんだ!>

私、一気に記憶が蘇ります。
今朝、4時まであきちゃんと快楽の世界をさまよっていたこと、私が5回目に果てた時、寝室の廊下で衣擦れの音がしたこと、それを何となく不安に感じたこと、あきちゃんを、今朝6時に送り出したこと、あきちゃんは、今日、金沢で高校時代の同窓会に出席すること、あきちゃんを送り出してから、もう一度眠った事、いろんな事が、一気に頭をめぐります。

そういえば、最近の葵ちゃんの様子、なんとなくおかしいなー、とも思っていたんです。<あの衣擦れって?>もしかしてーー?

私とあきちゃんは、普通の日は6時半に起きますが、深夜から早朝にかけてたっぷりと楽しんだ土曜日の朝は、7時半に起きます。

長男(一平、35歳、大手デパートの副部長)は、土曜日は出勤です。
長男のお嫁さんの葵ちゃん(26歳)は、いつも、私とあきちゃんが朝食に来る頃を見計らって、ダイニングに朝ごはんを並べてくれています。
 
葵ちゃん『お義父さん、お義母さん、おはようございます。
朝ご飯できてますよー、どうぞ召し上がれ!』
葵ちゃんの明るい声がダイニングに響きます。

でも、2カ月位前から、なんだか雰囲気が変なんです。
葵ちゃんの私を見る視線がとても艶めかしいんです。
2カ月前というと、私がバイアグラを使い始めて4か月、つまり、あきちゃんがこの上ない幸せな日々を送るようになってから4か月、特に土曜日の朝食の時、私を見る視線が艶やかなんです。

今朝のことに戻ります。
葵ちゃんのピアノがやみます。
私、時計を見ます。8時半です。
軽い空腹を覚えます。
今朝は葵ちゃんと二人だけの朝食です。

ピアノがやんでから15分が経過しています。

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