許して悪魔様
非現実:作

■ 私はママ5

下腹部が気持ち悪い……。
(ぅぅぅンぐっむぅ!!)
見たくも無い状況が私の下腹部で繰り広げられているのは容易く理解できる。
下腹部、丁度子宮の辺りで幾つかの「モノ」が微かに蠢いているのだ。
あまりの出来事に私は堪らず床に嘔吐してしまった。

「ほほぅ、つわりが来たか、どうやら子らはそれなりに成長しているようだな」
「ぅぇぇぇ〜〜〜ぷっぁ……はっぁはぁはぁ……」
「養分蟲が枯れかけていたにも関わらずよくもこんなに元気に育ったものだ。
強靭な母体であるという事か、なるほどこれは今後の研究にも役立つ。」
「…… …… ……ぅぷぅ……」

込み上げて来る嘔吐感を必死で抑え続ける私には、魔王ナンたらの声は殆ど耳に入らない。
だけど悔しくて悔しくて涙が止まらない……「つわり」、魔王ナンたらが口にした言葉。
本来なら愛する生涯のパートナーとの間に生まれる子の誕生を願う為の母なる試練である筈だ。
それなのに、それなのに…… ……。

私は「魔界の精子を卵子に植え付けられて、魔界の子を宿して」つわりを体験してしまったのだ。
考えれば考える程、自らがおかれた境遇を呪い、涙が溢れ嗚咽が込み上げて来る。

「……ぅぅっぅぅうううぁぁぁ〜〜〜ぁぁ〜〜〜……」
「先にも言うたが、子が死ねば母体であるお前も死ぬのだ、己を大切にせよ」
「…… ……死にたい」
「ぬ、なんと?」
「死にたい……ょぉ……」

私はごく普通の女子高生だ。
常人である人であれば、こんな酷い仕打ちに耐えられる筈がないのだ。

「淫姫よ、贖罪は始まったばかりなのだぞ、これ位で病んでどうする」
「何が贖罪よぉ……これ位とかどんだけよぉ……」
「仕方あるまい、お前が犯した罪は何十億というモノを殺してきたのだ」
「そんなのっ!!」

突っ伏したままの姿勢で両手で石床を叩き、私は今日始めて大声を上げて抗議した。

「所詮は精子じゃないっ、それにっそれに……。
せせせ精子は……ら、卵子に1個しか辿り着かないじゃない。」

小6の頃に、男子抜きでの特別授業で教わった事だが、改めて口にするのは正直恥ずかしかった。
だけど核心は突いてると思った。
子を宿す為のセッ○スだって、1つの精子以外は死んでしまうのだから……。
私はキッと魔王ナンたらの顔を睨み付けて言葉を待った。
しかし私の考えとは全く違う対応を、魔王ナンたらはしてきたのだ。

「クックックックク……フフフ、ファファッハッハッハッハッハッハ!」
「何よ、何がオカシイのよっ、頭狂ったっ?」
「イヤイヤイヤ、これが笑わずにもおけるか、実に面白い冗談だな希美子よ。
1つの精しか辿り着けぬだと、ゥワハッハッハッハ、これは傑作だ。」

頭上で馬鹿笑いしている魔王ナンたらを見て、私の顔はサァっと青ざめた。
(もしかして…… ……これも現実とは懸け離れた仕組みなの?)

「では聞こう淫姫希美子、お前も感じてるであろう、その腹に蠢くモノは1つか?」
「…… …… ……ぁ!?」

今、突っ伏した身体は右の肩肘で持ち上げられている状態のまま、無意識に左手が下腹部に触れる。
正確な数は解らない…… ……だけど少なくとも3つ4つの固体がそれぞれ狭いであろう中を蠢いている。

「ぁ……ぁぁ、ああああ」
「フッフッフ理解したかね、魔界の種は精の分だけちゃんと子を授かるのだよ。
まぁお前は人間、その器にも許容範囲があるだろうから精々3匹前後にしておいたのだがな。」

魔王ナンたらの言葉に私はどん底へと突き落とされた気分だった。
常識すら通らないこの摩訶不思議な現状、誰も手助けする事……いや、誰にも相談できない事が事実となっているのだ。

「わ、私はどうすれば……」
「であるから言うたであろう、全ての贖罪を終えればお前は解放されると」
「自殺でもしたら?」
「終わるであろうな、人生が」

「人生」……酷く重い言葉だった。
葛藤する度に出てくる、優しいお母さんとお父さんの顔、そして弟のムカつく表情をした健太。
(駄目……やっぱりお父さん達を残したまま死ねない……)
両親より先に、それも自ら命を絶つという行為は最大の親不孝だと何かの本で読んで私はそれを物凄く共感している。

「せ、せめてもっと優しい贖罪の方法はないの?」
「ふむ」

暫しの無言の空間が流れる。
顎に手をやり眉間に皺を寄せている魔王ナンたら。
……何となくだだけど、この鬼畜は一応ながら真剣に考えてくれているのだ、という事だけは理解出来た。

「無理だな」

だからこそ私は期待していたのだが…… ……あっさり無理と口にしたのである。
コント並に私はズッコケた。

「な、何なのよよっぉ!!?」
「こればかりはワシに行動を促す者の選択が左右するしかない故にワシでは無理だな」
「選択を? 左右?」
「これも言うたであろう、これなる世界はどこぞの者がこの世界に介入しているのだと。
そしてその者が選択した通りにワシは動き、対象なるお前に罪なる罰を与えると。」

…… ……そうだった。
そして……。
その何処ぞなる者は……弟の健太。
私がこんなにも酷い目に会っているのは皮肉にも健太が面白半分で選ぶ選択なのだった。
沸々と怒りが込み上げて来る。
普段から殆どお互いに干渉する事を避けていた。
それが私にとって、こんなにも重大な干渉件を弟が握っているのだ。

一番の解決法は当然な事だが、健太にこのゲームを止めさせる事だ。
……だが、それが到底無理な話でもあるのだ。
弟である健太に対して、姉の私がソコに干渉してはならないのだ。
(こ、こここ、これは気まずいヨ……)
ただでさえ冷え切った姉弟関係なのだ、これ以上ややこしい事は避けたい。
脳が混乱して中々整理が付かない。
(ぅぅぅ……もうっどうしたらいいの?)

■つづき

■目次

■メニュー

■作者別


おすすめの100冊