悠里の孤独
横尾茂明:作

■ 少女の孤独10

「こうしてても時間は経つばかり、悠里さんもう遅いからきょうのところは帰りなさい、今夜お姉さんとよく相談してまた明日ここに来てくれますか、あすの診察担当は午前中だけだから昼過ぎに来ていただければ医院長室にいますよ、さぁ今から家まで送ります、玄関に出て待っててくださいな」

医院長はそう言うと少女に診断書を渡し「診察室は閉めますから玄関でね」そう言うと整理トレーを持って部屋の奥に消えた。

悠里は椅子から立ち上がると診断書を鞄にしまい診察室を出た、廊下に出ると人影は既に無く照明も薄明かりになっていた。
階段を下りながらふと気付く(あっ、治療費…でも保険証持ってきてないしどうしよう)悠里は鞄から財布を取り出し中を見た(270円しかない…)

(X線写真を何枚も撮ったし治療もしてもらった、なら270円では全然足りないよぉ)
悠里は階段途中で途方にくれた。

(明日来ますから支払いは明日まで待って下さいと言おう…)
そう思い直し階段を再び下る、その足で1階の会計へ行くと照明も暗くもう誰もいなかった。

(会計事務の人…もういないんだ)そう思い 壁に掛かった時計を見た。
(もう9時になるんだ、受付の人もいないよね…医院長先生に相談してみようか)

悠里は玄関へ向かう、玄関に着くと辺りを見回した。
(ここで待ってていいのかな、それとも外に出たほうが…)
外を見ると正面はロータリーになっていて、そこで待ってた方がよいように感じた。

悠里は自動ドアをくぐると外に出た、しかし玄関前のビル風は凍るほど冷たかった。

(うぅぅこんなに冷たいなんて…やっぱり中で待とう)そう思い踵を返した。
その時1台の黒塗りの高級外車が滑るように玄関口に入ってきた。
(あっ、先生だ…)

悠里は車の助手席側に回るとドアを開け「すみません」と一言いい車に乗り込んだ。
車は病院から先ほどの事故現場へと向かい、閑散となった商店街の交差点で一旦停車した、だが看板柱に立て掛けられた自転車はもうそこには無かった。

悠里がキョロキョロすると「あの自転車は病院の者にもう片付けさせたよ」と医師は言い「お家は何処、教えてくれる」と悠里の顔を医院長は見つめてきた。

「この道の突き当たりを右に折れ、3本目を左に曲がってすぐです」

医院長は再び車を発進させた。
「悠里さんはモデルのような体形だけど身長はどれぐらいあるの」と医院長が唐突に聞いてきた。

「…170cmですが」

「ならバレー部かな」

「いえバスケです」

「そう、でも3年の学期末ならもう部活もしまいでしょ」

「はい、今日で部活はおわりました」

「バスケは高校に行っても続けるの」

「…………」

「ごめん、いらぬ事を聞いたようだ」

「……ううん、先生 定時制高校でも部活ってあるのでしょうか?」

「さぁどうだろう、そればかりは私も知らないな」
そこで会話は途切れた、車は大通りから左に折れ、街路灯がまばらな細い路地に侵入した。

「あっ、先生そこのアパートです」少女の声で2階建ての古びた木造アパートを見つけた。
(この界隈は子供のころよく遊びに来た所だが…すっかり変わってしまったな)

「先生、大事な車にぶつけてごめんなさい、明日また御詫びに伺います、送って下さりありがとうございました」そう言って少女はドアを開け、頭をピョコンと下げアパートに向かって駆けて行った。

医院長は少女がアパートの外階段を駆け上がり、2階の右から3番目のドアに消えるまで見ていた、そしてアパート全体を暫く見つめると車を発進させた。

(あのアパート…まだ残ってたんだ、となると築五十年ちかくにもなるのか、子供のころはここからもう少し行くと右手に深い森がありクワガタを何度か捕りに来たことがあったが…あっ、森がマンションに変わってる、それにしてもあの少女…あの体で中3とは驚く、確かお姉さん一人っていってたが、両親は他界したのか、それとも…)

次々に疑念がよぎり、そして再び少女の尻や性器の映像が断片的に脳裏に浮かび上がった。

■つづき

■目次

■メニュー

■作者別


おすすめの100冊