悠里の孤独
横尾茂明:作

■ 奸計と失踪1

 医院長は高橋雅人という、高橋総合病院の理事長兼医院長である、3年前父親が80歳になったのを機に引退し、その跡を継いで医院長に就任した雅人だが正直本人は未だ医者に向いているとは思ってはいなかった。

雅人は明治から続く深川の名門病院の一人息子として生まれ、子供のころより絵を描くことが好きで多くの賞を取り、高校生のとき初めて二科で入選したのを機に本格的に画家を志し東京芸大への入学を目指した。

だが祖母と父親から「病院の後継ぎが画家を目指すとは何たること、名門病院を潰す気か!」と猛反対に遭い、泣く泣く画家をあきらめ医大へ進学することになったのだ。

それでも画を描くことを諦めたわけではない、医院長になってからは以前のように毎日患者を診ることもなくなり医療行為は週2日ほどと少なくなったことから、今日も朝から武蔵野に行き都展に公募する風景画の下絵を描いていた。

だがその帰途、自宅はすぐそこと油断したのがいけなかった、商店筋の信号の無い交差点で習慣のように一旦停車し左右をろくに確認もせずアクセルを踏みこもうとしたとき激しい衝突音で我に返った。

少女が目の前を飛んでいく、雅人は恐怖で血の気が引いた、それはスローモーションの如く雅人の網膜に焼き付いた。

少女が頭からアスファルトに叩き付けられると予感したとき、奇妙にも少女は一回転し尻から着地、まるで衝撃を和らげるかのように尻で滑っていったのだ。

雅人は動転し、現場保全も忘れ少女を自分の病院に担ぎ込んだ。
危ぶんだのは少女の腰椎廻りで圧迫や骨折は無いかと生きた心地がしなかった、だがX線透視の結果、頸椎/脊椎/腰椎また各椎間板には異常は認められず、少女の頑丈さに胸をなで下ろした。

少女の診察所見は臀部擦過傷と軽い打ち身だけと判明し雅人の緊張は氷解した。
だが氷塊と同時に少女に対し痛烈なる興味が湧いた、それは余りにも希有な美肌と、とても15歳と思えぬ美しい肢体を有する女と気付いたからだ。

欲しくてたまらず2600万も出して衝動買いしたポルシェ911ターボS、だが少女の価値はその比ではない、もしあの少女が自分のものになり自由に乗り回すことが出来るなら1億円出しても惜しいとは思えなかった。

少女と別れ、時間とともにその想いはますますつのっていく、雅人は広い空き地を見つけ車をUターンさせると元来た路地を戻り始めた。

そして再びあのアパートの前に来る、あぁあの少女を自分のものにしたい、自然とブレーキに脚がかかる、だが(明日も会える)雅人はそうあきらめアクセルを強く踏みアパートの前を通過した。


 翌朝、雅人はポルシェセンターに電話を入れ修理を依頼した。
9時過ぎに車をレッカー移動し、昼過ぎには概算の見積書がFAXで送られてきた、修理箇所はフェンダーとタイヤハウスの交換及びボンネットの板金修理と車体前部の補修塗装、修理項目は20項目も書かれ費用はおよそ150万ほど、だがフェンダー交換ともなれば事故歴に残るため、車の下取り価格は事故歴無しと比べ1割近くは下がると書かれてあった。

自転車がぶつかっただけで400万以上の損害とは…雅人は呆れ果て苦笑した。
ポルシェオーナーともなればイニシャルコストだけでなくランニングコストも熟慮を要すると聞いたが、この事を言うのかと雅人は思った。

150万の修理費は車両保険でまかなうとしても、まだ500kmも走ってないのに260万以上の価値損失は痛かった。
(さて、少女に何と言おうか…)


 昨夜、時間が経てば経つほどに少女への渇望は耐えがたいものになっていった。
どうしたらあの少女が我が物に出来るか…雅人の理性からすれば常軌を逸した妄想である、だがそんな妄想であっても考え込む内に不思議と出来そうな気がしてきたのだ。

雅人は子供のころより欲しいと思うものは必ず手に入れてきた、確かに高橋家の財力も手伝ったが、雅人の執念も異常といえた、それは祖母・父により画家への道を断念させられた恨みめいたものに起因するのかもしれない。

また妻を亡くしたこの十数年の間SEXはしてはいない、それは妻に惚れ抜いていたこと、また亡くした妻以上の女などこの世に存在するとも思えなかったからだ、それら執念や渇きが少女の美しい肢体に触発され一気に昇華、異常なる執念へと変貌していったのか…。


 雅人は13時からの期末の経営会議を終えると、15時から医院長室で新型MRI導入の商談に入った、打合せの途中 時計を何度も見た。
(16時10分前か…学校が終わるのは15時前後、徒歩でここまで歩いても16時過ぎには着くはず、いやもう着いて待っているかもしれん…それにしてもこの営業マンは話が長い)雅人は時計を見て苛立ちを覚えた。

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