悠里の孤独
横尾茂明:作

■ 奸計と失踪4

 悠里は真新しい自転車を漕ぎ葛西橋通りを東に向けて走っていた、背後からは夕日が差し左手の木場公園が赤く染まって見えた。
生まれて初めて乗る新品の自転車、多段切替の操作を試しその軽快さに驚き(自転車って…こんなに早く走れるんだ)悠里は楽しくなり暫しのあいだ憂鬱も忘れ思い切り自転車を漕いだ。

木場公園を過ぎ暫く走って左に曲がる、するとアパートが見えてくる(もう着いちゃった、アパートを通過し清洲橋通りまで走ってみようか…)そう思ったが(お姉ちゃん帰ってるかもしれない、でも新しい自転車見られたら事故のことバレれちゃうし…どうしよう)そんなことを考えながら気付けばアパートの自転車置き場に着いていた。

真新しい自転車を自転車置き場のできるだけ奥に駐輪すると2階に続く階段を駆け上がった。
武井と表札のでたドアの前まで走ると、祈るような気持ちで鍵を回しドアを開けた、玄関から台所、4畳半、6畳と続く狭い室内は入口から難なく見通すことが出来た…だがどこにも姉の姿は見えなかった。

(お姉ちゃんどうしちゃったの…)

悠里は落胆し運動靴を脱いで下駄箱を開けた、そのとき下駄箱の上にいつも置いてある姉の余所行きストラップパンプスが無いことに気付く。
(あっ、お姉ちゃん帰ってたんだ、でもまた出掛けたの…)
悠里は少しホッとし脱いだ靴を下駄箱にしまい、台所に行って冷蔵庫を物色した、だが昨日のままで僅かばかりの調味料しか入っていなかった。
(お姉ちゃん帰ってきたのに何も買ってこなかったんだ…あっ、マーケットに買い物に出たのかしら、はぁお腹空いちゃったな…)

悠里はしかたなく4畳半の部屋に行き勉強机に鞄を置いた。

(あれ、封筒…何これ)
首をかしげながら机上の封筒を取り上げた、朝出るとき封筒など無かったはず。
(お姉ちゃんからの手紙だろうか…)

椅子に腰掛け封筒を開く、中には小さく折られた便箋が入っていた。

「悠里ちゃん昨日は家を空けてごめんなさい、伯父さんに大事な相談があって小千谷に行ってきました。
悠里ちゃんには初めて言うけど…姉さん大学のころより好きな人がいてね、その人はオーストラリアからの留学生で私が大学を中退した後もお付き合いしてたの、でもその人…今年の初めに家の事情でブリスベンに帰ることになり、そのときブリスベンに一緒に行って結婚して欲しいって言われたの…だけど悠里ちゃん一人残して行くことなど出来ずお断りしました。

でもその人が去ってすぐに妊娠していることに気付き…堕ろすかあの人を追ってオーストラリアに行くか悩んだ末…伯父さんに相談しました。
そうしたら伯父さん「悠理のことは儂にまかせてお前はオーストラリアに行って幸せになれ」って言ってくれました。

悠里は以前から小千谷に行きたいって言ってたでしょ、伯父さんに相談したらすごく喜んでね早々に養子縁組届を済ませました、だから悠理はもう伯父さんの娘、卒業式を終えたら大手を振って小千谷に行くのよ、それと今月分の家賃や光熱費は支払いを済ませたから遅くても月末までには部屋を出てね、それと借金は昨日伯父さんが全て肩代わりしてくれたからもう心配しないで。

悠里ちゃん、本当に勝手な姉でごめんなさい、これからは小千谷の伯父さんの言うことをよく聞いて可愛がってもらうのよ。では元気でね…」

手紙を読み終え悠里はなおも呆然と紙面を見つめていた。
(そんな…勝手すぎるよぉ。お姉ちゃん、私に内緒で養子縁組なんかして…悠里がそんなに邪魔だったの)
悠里は耐えられず机上に泣き崩れた、事故の事で絶望的になっているところへ予期せぬ姉の失踪…15歳の少女に耐えられるわけもなくただ泣きじゃくるしかなかった。

父が亡くなり母もその後を追うようにこの世を去った、残された姉妹は多額の負債を抱えながらも二人して気丈に今日まで頑張ってきたというに。
だが悠里は泣きながら思った、自分は姉の庇護のもと 我慢我慢の日々だったが何とか今日までやってこられた…だが姉は父母の相次ぐ死の翌日から多額の借金返済を背負う羽目になった。

姉には遊ぶ余裕など無く、1日15時間以上働いても給金の殆どは借金返済に消えた。
姉はもう限界だったのか、借金苦や妹の養育など己を拘束する全てのものから逃げたかったのかもしれない…悠理はそう思い至った。

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