悠里の孤独
横尾茂明:作

■ 奸計錯誤1

 悠里が病院に着いたとき時計は4時を少し回っていた、医院長先生との面会時間にはまだ三十分ほどの間が有った。
(早く着いちゃったな…あの自転車スゴク早いから、でも先生に自転車は返した方がいいのかな…)

午後の診察が始まったばかりで1階フロアーには人が溢れていた。
(こんな大きな病院だったんだ…)昨夜思い切ったせいだろうか…今日は怯えることなく病院の隅々まで見渡せた。
(1階だけでもこんなに広いなんて、それに天井も高い、受付や精算事務だけで10人以上いるなんてすごい病院…)

改めてこの病院の大きさが分かった(この病院の理事長兼医院長のあの先生、まだ若そうに見えたけど本当はすごい先生なんだ…)
そう思いながら受付ロビーに設えられた長椅子に腰を下ろし面会時間を待った。

悠理は医院長の顔を思い出そうとした、しかし昨日はすぐに思い出せたが今日は不思議とあの眼差しばかりが脳裏に浮かんだ。
(精悍で素敵なおじさまって感じ…だけど先生は私の目ばかり見つめていた、だから先生の眼差しばかり浮かんでくるんだ、でもあの心を覗き込むような眼差し…やっぱり伯父さんに似ている…私にスゴク感心ありげな眼差し、先生も伯父さんのように私を欲しいと思ってくれればいいけど…)

やがて面会時間が迫り悠里は受付に行き医院長室への案内を請うた。
最上階に上がるとエレベーターを降り長い廊下を案内されて医院長室の前に立った、案内はドアをノックし「武井悠里様がお見えになりました」と声を掛ける。

「入ってもらって下さい、それとジュースとコーヒーを御願いしますね」と奥から先生の声が聞こえた。

「どうぞ中へ」と案内され悠里は部屋に入る、「悠里君いらっしゃい、こちらに座って下さいな」先生に満面の笑みで迎えられ応接椅子を勧められた。

「悠里君、昨日の今日だけど、君なりの解決方法って…もう見つかったの?」
悠里の正面に座った医院長は足を組み、これからこの少女は何を言いだすのかと興味ありげな表情で悠里を見つめる。

(あっ、やっぱりあの眼差しだ…伯父さんそっくり)
伯父と同じように自分を欲しているなら仕掛けは容易いと思え、悠理は昨夜考えたシナリオ通りの行動に出る。

「先生のお部屋…広いんですね、それに最上階だなんて素敵です、深川って高いビルがこんなにあるなんて知りませんでした」
そうはぐらかすように悠里は大きな窓から外を眺めた。

一方医院長の雅人は悠里の落ち着いた態度に内心驚いた、昨日はオドオドして下ばかり向いていた子が今日は打って変わり大人びた表情で外界を見る余裕さえある、この少女…たった1日で何が変わったのだ…。

それにしても美しい少女と思う、そう…透明感漂う爽やかさとはこの少女のことを差すのだろうと思えた、それにこの体…まるでグラビアモデルが雑誌から抜け出たよう…男ならなんとしても手に入れたい女体、自分はその手段をいま持っている、そうは思っても…少女の急変にその自信は揺らぎ始めた。

「先生」外を眺めていた少女の視線が不意に雅人に向けられた。
「お姉ちゃん、昨日も帰ってきませんでした、置き手紙でオーストラリアに発ったらしいんです、たぶんもう帰ってこないかも…」

「オーストラリア?……もう帰らないって、君を置き去りに外国に行ったっていうこと?…それってどういう意味」

「父母が亡くなり多額の借金が残り、その借金を姉が月々返済していたのですが…もう疲れたみたい」

「疲れたって、そんな…借金がどんなに大変だろうと妹を置き去りに一人逃げ出すなんて、そりゃ無責任過ぎるよ」

「もういいんです、私なんかどうなっても…信頼してた姉に捨てられたんですもの…」
悠里は悲劇のヒロインを演じ始めた、このニヒリズムな装いは昨夜考えたシナリオの前振り、あとは本筋の賠償金200万をこの肉体で相殺させにある…。


一方雅人の方はまるで物語りでも聞かされているような錯覚に陥っていた(今どき借金苦で妹を置き去りに逃亡するとは…)雅人は少女の身の上に何が起こったのか俄然興味が湧き思わず身を乗り出した。

「家の借金って…何千万もあるの?」

「いえ1年半ほど返済し今は800万ほどが残ってます」

雅人は「たった800万」と言おうとして言葉を飲んだ、悠里の姉であれば20才そこそこ、その歳であれば800万は大きいのかも知れないと。

「しかし一年半も返し続けたのに何で今頃になって返済を放棄するの…それも妹を置き去りに海外へ逃亡するなんて…」

「それは…お付き合いしてた人がオーストラリアに帰ってしまったからだと…」

「そうか…彼を追いかけるには借金と君が邪魔だったというわけだ、しかし妹を捨てるなんて…お姉さんその彼に余程惚れてたんだ、でっオーストラリアに行ったお姉さんに連絡はとれるの?」

「置き手紙にはオーストラリアのブリスベンに行くとだけ書いてありました…でも住所までは」

「やはり逃げたんだ…んんそれは困ったね、君は中学生だしお姉さんがいないんじゃお金に困るよね、これからどうするつもり?」

「はい…明後日には中学を卒業しますからすぐにアルバイトすればアパート代や生活費は何とか…でも毎月の借金返済まではアルバイトでは難しく…月35万ほど出してくれる水商売のお店をこれから探そうと思っています」

「ばかな…中学卒業したばかりの未成年者に誰が35万も出してくれるものか…もし有ったとしてもそんなところ…それより他に身寄りはいないの」

「父に身寄りはいませんが母の兄は新潟にいます、でもrその伯父さんの援助は…母は若いとき実家から勘当されていますからもう絶縁状態で」

「そうなんだ、姉さんも行き方知れず、他に身寄りがないとなれば君は天涯孤独ということになるが、それは困った…」
とは言ったものの、雅人にすればこの少女を手に入れる条件は都合よく向こうがお膳立てしてくれた…そう思え心は俄に浮き立った。

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