悠里の孤独
横尾茂明:作

■ 奸計錯誤2

「先生、借金は私がどんなことしても返していくつもりです、ですから200万の賠償金は何とか5年返済にしていただけないでしょうか」
悠理はシナリオ通りのセリフを口にした、5年返済と言えば先生は何をばかなと返すはず、だったら私の体を200万円で買って下さいと言うつもりだ。

「そんなもの5年でも10年でもいい…そんなことより月35万が必要なんだろ、まさかいかがわしい店で働くつもりじゃないよね」

(10年でもいいだなんてシナリオには無いよぉ、どうしよう…)悠理は咄嗟に医院長が言ういかがわしい筋へシナリオを修正した。

「新宿歌舞伎町のルルヴォジェというキャバクラなら内緒で18才以下でも働かせて貰えるって友達から聞きました、最低でも月30万以上は貰えるって…だからそこの面接を受けようと思っています」確かにこのキャバクラは18才以下でも内緒で雇ってくれると以前クラスの男の子が言っていた、しかし30万以上貰えるは咄嗟のでまかせだ。

「歌舞伎町のキャバクラ…何を馬鹿なことを、未成年者と知って働かせる店が何をさせるか君の歳なら想像がつくだろう、とんでもない話しだ!」
雅人は冗談じゃないと頭に血が上った、ようやく見つけた奇跡の美少女、それをいかがわしい色風俗なんぞに捕られてたまるものかと焦った。

誰かに獲物を捕られそう…その焦りが雅人に本音を吐露させた。
「わかった、車の賠償も君の家の借金も僕が何とかする!」
言ってから(しまった!)と思った、雅人の奸計は少女の方から仕方なくその体を賠償代わりに差し出させるはずだったのに、一瞬で借金まで請け負う羽目になってしまった、これではどちらが奸計を仕掛けたのやら…。

「えっ、何とかって…」悠理は一瞬耳を疑った。
悠里が創作したシナリオには先生の方から助けを出すなんてストーリーは無い。

雅人は仕方なく奸計を断念した、こうなったら正直に今の想いを話し少女の気を惹くしか手は無いと思えた。
「恥ずかしいが一昨日、初めて君を見たときから気になって仕方がなかった、本音を言えば年甲斐も無く君に惹かれてしまったと言うことかな、君を僕のものにしたい…いまはそんな想いで一杯なんだ、いい歳して未成年の君が欲しいだなんて変に思われるかもしれないが…僕は本気なんだ、だから君が借金で転落していく姿なんか見たくない、はっきり言うが君が僕のものになってくれれば車の賠償金や親が作った借金、それと生活費の全ては僕が援助しよう」

「先生、そんな援助だなんて…今お金はありませんが時間はかかっても懸命に働いて賠償金はお返しします、先生には迷惑は掛けられません」
反射的に形ばかりの辞退を返す悠理(あぁ立てたシナリオはもうグチャグチャ、でも先生ったらやっぱり私が欲しかったんだ…)

「だから!…幼い君に借金で苦労させるのは忍びないって言ってるんだ、いいから僕に全てを任せなさい!」と雅人は声を荒げた。
その時ドアが開き、先ほどの案内係が盆に飲み物を乗せて部屋に入ってきた。

案内係は意味ありげに二人を盗み見し、無言で飲み物をテーブルに置くと逃げるように部屋から出て行った、どうやら雅人の声が外に洩れたようだ。

案内係が水を差し会話は途切れた、二人は無言で見つめ合い 耐えられずに声を発したのは悠里だった。

「援助するって…先生は私の体が目当てだったのね、だから200万なんて中学生に絶対無理な金額を…先生はそんな卑怯な人だったなんて悲しい」
(悠理は言いながら、どうして自分の想いとは真逆なことを言っているんだろうと思った)

「いや、体が目当てだなんて…援助をそんなふうに邪推するものじゃないよ、どう説明すれば分かって貰えるかなぁ、もし君が成人なら僕はすぐにでも結婚を申し込む、そのとき君に負債があれば当然僕が援助する、僕が言う援助するってそういう意味なんだ、わかるかい?」雅人は言いながらも少女に完全に見透かされたと恥じ入り、精一杯の屁理屈で逃れようと藻掻いた。

悠理は「悲しい」と嘯いたが、200万の賠償金代わりにこの体を抱いてもらい、あわよくばこの体を先生が手放せないと感じてくれたなら…ひょっとして私を伯父から奪ってくれるかもしれないと昨夜はそんな夢物語を妄想していた…それが数段階飛び越え車の賠償金や親が作った借金まで全て面倒見ると言う、夢見た願望が今まさに現実になろうとしているのだ。

「先生の想いは分かりました…でも先生に会ってまだ三日しか経っていません、それなのに先生が何故そこまで言って下さるか私には理解できません」

「人を好きになるのに時間なんて介在しないと僕は思っている、欲しいと思う僕の気持ちを素直に受け取って欲しい、僕の想いは真剣なんだ」

先生は真剣に言っていると悠理は確信しシナリオとは違ってしまったがひとまず伯父から逃れることが出来そうと愁眉を開いた、だが姉は伯父から1000万引きだし、今日にも100万の振り込みが自分にある、医院長の提案は涙が出るほど嬉しいが伯父のことを考えればその申し出を呑む込むことなど出来るわけがない。
(どうしよう…)

「悠里君どうしたの?そんな沈んだ顔して、僕の提案はやはり無理なの…もしそうなら君の気の済むようにするからそんな顔しないで」

「そうじゃないんです、先生のお話が急すぎてすぐには…少し考えさせて下さい」

「少しっていつまで待てばいいの?」

「明日にも電話します…」

「分かったじゃぁ待とう、でも必ず電話してよ」

それから少し話して少女は帰っていった、雅人自身も事の成り行きが急展開すぎ驚いていた、だが心のわだかまりを洗いざらいぶちまけたことで心は軽やかになっていた…(フッしかし年甲斐も無く何故ああも本音を暴露してしまったのか…)と悔いてもいた、それは少女が天涯孤独になるという急展開、それと誰かに捕られそうな怯えについ焦ってしまったからと雅人は思った。

(情けない、主導権を握っていたはずなのに、あっという間に少女に握られてしまった…こういったことはやはり欲する者が弱いのだろう、だが少女は少し考えたいと言ったが…将棋で言えば詰んだも同じ、少女に何を考える余地があるというのだ、まさかそれ以外にもっと大きな秘密でも有るというのか…)雅人の心に一抹の不安がよぎった。

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