悠里の孤独
横尾茂明:作

■ 奸計錯誤6

(そんなの…イヤ)もう少しだけこのままでいたい、悠里はそう想い200万円出すのは一番最後にしようと思った。
「私…どうしても分からなくて、先生のような大病院の医院長先生がどうして私みたいな中学生に関心があるのか…それも賠償金や借金も援助しようなんて、どう考えても理解できません、だって私…それに引き替えるもの何も持ってないもの…」

「悠里君はそんなことで悩んでたんだ、ごめん昨日は言葉足らずだったようだね、では僕の想いを言うけれど…呆れないで聞いてくれるかい」
雅人はそう言いながらコーヒーを一口啜り悠里を眩しそうに見つめた。

「僕は若いころ妻を病気で亡くしてね、それから20年ほど経つが女性とのお付き合いはないんだ、その間お見合話しは何件も有ったが…いずれも妻以上の女性は見つからなくて気付けば今日まで独身のままなんだ。

そんなとき偶然事故で君と知りあい、君の透き通るような美しさに魅了されたわけだが、恥ずかしい話し…君の素晴らしい裸を見たとき胸がときめいたんだ、人が恋をするとき…顔・人柄・体のいずれかを好印象に捉え恋に陥るのだろうが…今回私の場合は君の雰囲気とその肉体に恋い焦がれてしまったようだ。

こんな言い方すると気持ち悪い印象を与えてしまうが…君の体は特別と感じたんだ、口では旨く表現できないが…そう、本能が欲している、そう言ったらいいだろうか。

君はもうすぐ16歳になるが、それでも僕と30歳近くも年齢差があり親子ほどにもなろう、でも欲しいと想う気持ちに年齢差など介在しない、だがこれは僕の一方的な想いであって 君にしたら迷惑この上ない話しかもしれないね、その迷惑と想う気持ちをもしお金で埋められるとしたら…。

いま君は借金に苦しみ自暴自棄に陥っている、それは借金返済と家賃を含めた生活費の手当や進学 そして将来の不安、それらが君の心に重くのし掛かり君の心は今や悲鳴を上げている、だがそれらは全てお金で解決できること…。

幸い僕は人並み以上に金を持っている、もし君の不安要素が1億であろうと僕は躊躇無くそれを補うだろう、君は先ほど引き替えるものを持ってないと言ったが君自身がそれに充当する充分な価値を有しているし、いま僕は君に恋焦がれている、だが君は僕をその対象として見てはいない、それゆえ僕の一方的な愛…無償の愛に終わるかも知れないが、やはり君を放ってはおけないんだ、どうだろうこれで理解してくれるかい」

(先生はそこまで私のことを深く考え好いてくれてただなんて、でも私…先生に焦がれるような女の子じゃない、伯父さんに身も心も汚され売られた女…だから今度は私が正直に言う番)

「…私…先生に思われるほどの女の子じゃないんです、もう正直に言います…わたし処女じゃないし私のこの体はもう伯父さんのもの、だから私…先生がどんなに好いてくれても先生のものにはなれないの…」

「伯父さんもの…それってどういう意味!」聞いて雅人は声を荒らげた。

「ごめんなさい、もうこれ以上は…」悠里は今日無理に先生に逢ってしまったことを悔いた。
「ここに200万持ってきました、もうこれで許して下さい」そう言って鞄から厚封筒を出し雅人の目の前に置いた。

「悠里君…賠償金200万は君を得るための方便なんだ、最初からそんなもの受け取るつもりはない!、今言った伯父さんのものってどういうことなんだ!」
雅人はテーブルの封筒を押し返し悠理の手を握った。

「先生…謝りますからもう許して下さい」悠里は涙を零し手を解こうと抗った。

「僕は怒っているんじゃない、君一人で抱え込むんじゃないって言ってるんだ、そこまで話したならもう全部話してくれてもいいじゃないか」

「…………」

喫茶店には他に客が数人いたが雅人の声が大きかったのか その殆どが二人の方をちらちら見ている、オジさんと少女…その少女が泣いている、これはどう見ても怪しげに見えるのだろう…。

雅人はハンカチを出すと「人が見ている、涙を拭きなさい」と悠里に渡した。
「さぁ君の身の上に何が起こったのか…苦しいかもしれないが言葉に出せば楽になる事もある、さぁ言ってごらん」

と言われても悠理の黒歴史…女の方から話せる内容ではない、しかし雅人の眼差しは言い逃れなど許さぬ強い意志を含んでいた、その眼差しに悠里は観念した…というよりも、そんな破廉恥なことを聞けば先生は呆れ果てあきらめるだろうと吐露する覚悟を決めた。

「わたし…中学2年のとき新潟の伯父に犯されたんです…、その後伯父は私を養子に欲しいと姉に迫りました、でも姉は伯父の要求を拒み続けてくれました…けれど姉がオーストラリアに彼を追いかけて行く際 私が足手まといだったのか伯父の要求をのみ養子縁組に承諾し、それと引き替えに父母が残した借入金の残り800万を伯父に肩代わりしてもらたんです、また支度金など含め他に300万ほど受け取っています、だから養子縁組が成立した今は…この体はもう伯父のものなんです」

「悠里君、何言ってるの!それって人身売買と何ら変わらないじゃない、伯父ってお母さんの兄さんだろ…だったら近親も甚だしい鬼畜の所行、姉さんがもし君と伯父さんの関係を知ってて養子縁組みをしたのなら…狂ってるよ!、君は養子届出のこと…進んで応じたわけじゃないんだろ」

「姉の置き手紙で養子届けがなされていることを知りました…」

「許せない、そんなこと絶対に許せない、大事な君を鬼畜オヤジになんぞ捕られてたまるものか、君は15歳になっているから養子縁組の拒絶申し立てが出来るんだ、明日裁判所に申し立てよう…いやそれは僕に任せてくれ、すぐに君の口座に1500万振り込む、だから伯父さんが肩代わりしたという借入金と既にもらった全額はすぐ返しなさい、わかったね!」

先生は興奮が治まらずテーブルのコップを掴むや水を一気に飲み干した、悠里はそれをオロオロして見つめる、やはり憂いた通りの展開だ…先生に自分の身に起こった理不尽な経緯を話せば躍起になって今のように出てくる…それは察しがついていた、だから黙って去ろうとしたのに。

だがこうなることを心の奥底で意図していたのかも知れない…。
この肉体を買われるなら先生の方がいい、そう意図して口にしたのかも…、それは銀行近くで自転車を停めたとき既に無意識下で企てていたのではと悠里には感じられ思わず身震いした。

だが悠理はこのまま先生に甘え1500万もらうには余りにも抵抗があった。
「先生、今すぐ私を抱いて下さい、そうでなければ1500万なんてお金とても貰えません、その目で私の体が1500万円の価値があるか確かめて下さい」

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