悠里の孤独
横尾茂明:作

■ 逡巡2

その時車道側から「悠里君!」と声がかかった、悠理はビックリし声の方に視線を泳がせた、すると路端に1台の黒塗りのベンツが停車しウインド越しに雅人が手を振っていた。

(先生だ!)悠理は駆け寄ると「こんなところで何してるの」と声を掛けた。

「何してるって君を迎えに来たのさ、さぁ乗って」
悠理は急に嬉しくなり、跳ねるように車を回りドアを開けた。

悠理を乗せると車は走り出した、校門前には依然人が溢れていたが、その人だかりを押しのけるように車は進んだ。
(私にもちゃんとお迎えがあるのよ)窓を開けそう叫びたかったが、その人だかりにクラクションを鳴らし蹴散らす様を見るだけで憂鬱は晴れていった。

「悠里君、今日は卒業祝いに銀座で旨いものを食べ、プレゼントを一杯買ってあげるね」そう言うと雅人は悠理を見た。
「あれ泣いてたの」悠理の頬を伝う涙を見て雅人は怪訝な顔で聞いてきた、「ううん、卒業式でちょっと涙が出ただけ」そう応え涙をそっと拭いた。

銀座に着くと、敷居の高そうな寿司屋に連れて行かれた、この店で雅人は常連客なのか主人と思しき愛想のいいオジサンが「おや今日はお子さん連れで…何かあったんですかい」と聞いてきた「うん、今日この子の卒業式でね、お祝いにオヤジさんの旨い寿司を食べさせようと思ってね」

「旨い寿司とは嬉しいことをいってくれる、分かりましたきょうはいいネタが揃ってますから腕によりを掛けますよ、でっ卒業なら4月から大学へ?」

「オヤジさん、この子は高校生じゃなく中学を卒業したんだよ」

「おや、お嬢さんのお顔を拝見しててっきり高校生と思いましたが…へぇ中学生とは驚いた、それにしても綺麗なお顔立ちで眩しいくらいの美少女、先生将来が楽しみですね」と御世辞にも嬉しいことを言ってくれ雅人はまんざらでもない顔で悠理を見た。

(わたし先生の娘になってるよぉ、傍目から見ればそんな歳の差に見えるんだ…)
それから今まで食べたことのないおいしいお寿司をお腹いっぱい食べ、寿司屋を出てから銀座通りを散策し服や化粧品を両手に抱えきれないほどプレゼントされた。

「さぁ帰ろう、僕の家でいいよね」

「あっ待って下さい、今日はアパートに帰ります…」

「えっ、どうして?」

「中学卒業したんだから制服はもう脱がなきゃ、それと下着も替えたいし…それと」

「家政婦さんのことだろ、朝方君が学校に行ってからしつこく君のことを聞いてきてね、それに何やら君にイヤミを言ったようだし、あの家政婦さん病院で雇った人でね、もう15年にもなるが…長いとどうも勘違いするようだ、だから今日の昼で病院に戻したよ、だから安心しなさい」

「でも家政婦さん居なくなったら先生困るでしょ」

「なに、君が居てくれれば…」

「私、家政婦じゃありません」と笑って応えた。

「ごめん、そんなつもりで言ったんじゃ、もう新しい家政婦さんは雇ったから安心して、今度は歳のいった婆さんでね、君のことは姪ということにしよう」

「気を使わせてごめんなさい、んんでも今日は一旦帰り明日また行きますから」

「そう、でも昨夜も言ったけどアパートを今月一杯で出るのならうちに来て欲しいな、もしそれがいやならこの近くにマンションを用意する、僕はどちらでもかまわないから早く決めてね、それと例の1500万は振り込んでおいたから明日にも伯父さんに返済するように、じゃぁ明日待っているから」
アパート前で悠理を下ろすと雅人は残念そうに帰っていった。


 両手一杯のブランド袋を下げアパートの階段を上った、改めてプレゼントの多さに驚き、雅人が如何に自分に関心を示しているかが判った。
悠理はドアを開けプレゼントを部屋に運び入れ手探りで電灯の紐を引っ張った、すると薄汚れて何もない室内が明るく照らされ いま置かれたばかりのブランド袋が室内に全くそぐわず浮いて見え、これも人より少し綺麗に生んでくれた父母のおかげと独りごちプレゼントの整理を始めた。

プレゼントの品々を袋から出し一つずつ見ていった、いずれも高級ブランド品ばかりで悠理のような未成年者に手が届く品ではない、それは服・バック・靴から化粧品まで各々数万から数十万もする高価なものばかりで悠理はそれらを呆然と眺め、己の肉体の価値を測りかね寒気さえ覚えた。

それら品々を整理しながらビニール製の安物クローゼットに吊り下げていく…だがさすがに苦笑は禁じ得ない。
(このジャケット1着で…このクローゼットが何十個買えるのかしら…)

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