悠里の孤独
横尾茂明:作

■ 逡巡3

午前10時、雅人からプレゼントされた中からギャザーワンピースを選びサッシュベルトでハイウエストに決めた、その上にネイビーのノーカラージャケットを羽織り姿見を見る、悠里はその大人びたスタイリングに自分ながら驚き(これって本当に私なの…)と魅惚れてしまうほどだった、その後 メイク雑誌を見ながら化粧も念入りに施し再び姿見に映してみる…そこにはまるでファッション誌から抜け出たような美しい女性が立っていた。

悠里はアパートの階段を下りる、しかし履き慣れぬハイヒールパンプスで足下が縺れ自転車置き場まで歩くのも大変だった。
(あっ、そうだ自転車は先生の家に置いてきたんだ…)そう気付き、この靴で銀行や病院まで行けようかと考えたが…いくら何でもこのコーデにスニーカーはないだろうと仕方なく歩き出す、しかし大通りに出る頃には自然と足になじみ、ハイヒールパンプスを履いていることさえ忘れてしまった。

銀行に着くと用意してきた通帳をATMに装入し記帳された内容を確認する、やはり雅人から1500万の振り込みがあった、悠里は次いでATMコーナーから店内に進み振込用紙に伯父の口座番号と1100万の振込額を記入し、通帳を添えて窓口に出した。

受け取った行員は用紙に書かれた金額を見て「申し訳御座いません高額なため何か身分を証明するものはお持ちでしょうか」と聞いてきた、(えっ、振り込むにも身分証明が必要なの…)そう思いながら生徒手帳を渋々窓口に出した。

すると行員は生徒手帳を見て驚いように悠里を見た「えっ、中学生…」と声を詰まらせた、それから通帳に書かれた氏名と生徒手帳の氏名や顔写真、それらと悠里の顔を交互に見ながら「やはり本人に間違いないようですね」と首をかしげ、それらを持って一番後ろに座る偉そうな人に何やら相談し始めた、するとその人は窓口に佇む悠里を見つめ、暫くして渋い顔をつくると行員に首を縦に振った。

凍る想いで銀行を出た悠理はその足で区役所に向かった、先生から養子縁組の取消しは区役所に受理された養子縁組書類の写しが必要ということで悠里はそれを発行してもらうため区役所に向かったのだ。

区役所から今度は病院まで歩く、だがさすがに病院までは遠かった、途中靴擦れで顔を顰めだしたころタクシーが通りかかりそれに乗った、初めて一人で乗るタクシーに緊張は隠せない、行き先を言おうとしたとき「フジの湾岸スタジオですね」と運転手が先に聞いてきた。

「えっ、高橋総合病院ですが…」と応えると「これは失礼しました、しかし女優さんを乗せるのはこれで3度目ですが…さすがオーラは尋常じゃありませんね、テレビでよく拝見しますが実物の方がずっとお綺麗です」という、たぶん女優の誰かと間違えたのだろうが…悠理は聞いてまんざらでもなかった。

病院に着き役所で受理した書類を先生に渡そうと受付けで医院長室の案内を請うた、すると案内についたのは昨日と同じ案内係だった。
エレベーターの中でその案内係は悠里の顔や服装を見て何か思い出そうとしきりに首をかしげ、途中から羨望顔に変わりいつまでも悠理に見とれていた。

「悠里君!君なの…ビックリしたよ、まるでファッション誌から抜け出たモデルさんのようだ、あぁ何て綺麗なんだ やはり僕の目に狂いは無かった、惚れ直したと言うべきか…二人して街を歩いたらさぞ皆が羨ましがって振り返るだろうな」そう言いながら嬉しそうに悠里の周囲を何度も回り「美しい」を連発する雅人である。

「でっ、僕の家に住むかマンションにするかなんだけど…あれから考えてくれた」と雅人は聞いてきた、悠里はそれに「先生の家にはやはり…病院やご親戚の目もあることですし、ここは遠慮すべきかと…」

「そう、なんか大人になったようだね、なら早急に君の引っ越し先を探さなくちゃ、そうだ…葛西橋通りに先月分譲マンションが売りに出てまだ空きがあると聞いていた、どう今から見に行こうよ」と唐突な話。

「この書類を片付け不動産屋に連絡して走るから君は先に行って待っててくれる」そう言われ悠里は病院裏に置いてある自転車に乗り一旦アパートへ向かった、先生から教えられたマンションはアパートからは歩いて10分ほどの距離で葛西橋通りに面した所だった。

アパートに戻ると自転車を駐輪し、歩いて葛西橋通りに向かう、いつも行くコンビニとは反対方向で木場公園を少し過ぎたところにそのマンションはある。
悠里は夕陽を見ながら西に歩く、靴にも慣れ胸を張って歩けた、行き交う人々は男女に限らず悠里を見て一様に驚いた素振りで目を見張った、それが嬉しくていつまでも歩いていたいと思う、やがて木場公園を過ぎたところでマンションを見つけた(うゎ、大きなマンション…一体何階あるんだろう)

そのマンションに付帯する生け垣の小径を進みエントランスホールに入る、そのホールも大きく壁の要所には100号ほどの絵画が掛けられ、受付カウンターには二人の係員が立っていた、悠里は辺りを見回し先生の姿を追った、だがまだ到着していないようで手持ち無沙汰に絵画を見入るような顔で絵の前に佇んだ。

暫くして先生ともう一人 不動産屋さんなのか男の人とホールの横口から入ってきた、どうやらその横口は駐車場に続いているようだ。
「悠里君、待たせてゴメン」そう言うと奥へ歩き出した、暫く歩きエントランスの突当たりに部屋番号が掲示されその中央にテンキーとキー穴があり、先生と一緒に来た男の人がキー穴に鍵を差し廻すと左右の自動扉が開いた、三人はその扉を入りエレベータホールから18階へと移動した。


 分譲マンションの該当部屋を二十分ほど見た後「どう、気に入った」と雅人が聞いてきた、「素敵な御部屋…こんな所に住めるなんて夢のよう、でも高いのでしょう」と悠理は小声で聞いた。

「子供がお金のことは心配しないの」と雅人は笑った、だがそんな子供に何をしたのと冗談を返したかったがそれはやめた。
不動産屋が「先生、では契約の手続きをしますので御足労をおかけしますが事務所まで同行下さい」と言ってきた、「じゃぁ悠里君は先に僕の家に行っててくれるかい」と言う。
「きょう伯父さんに例のお金を振り込みました、たぶん夕方以降アパートに電話が掛かるはず…、だから今日は自宅で待機しようと思います」

「そうか…じゃぁ裁判手続きなどは顧問弁護士にもう依頼したから、昨夜言ったように伯父さんから電話があったら、お金のことはお世話になった病院の先生に全て話し20年ローンで借りましたと言い、養子縁組のことは先生が鬼畜にも劣ると言っていたと言いなさい、それでも文句を言うのなら僕の電話番号を教えてもいい、いいかいけして伯父さんの口車に乗っちゃいけないよ、じゃぁマンションの方は手配しておくから入居出来る日が分かったら連絡するね」そう言って不動産屋と駐車場の方へ去っていった。

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